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(8)全開ガール [ドラマレビュー]

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『 全開ガール 』
第8回
( 2011年 フジテレビ 公式サイト
演出:武内英樹 脚本:吉田智子 出演:新垣結衣、錦戸亮、平山浩行、蓮佛美沙子、薬師丸ひろ子

前回の終盤、鮎川若葉(新垣結衣)に対してなりふり構わずに見せた山田草太(錦戸亮)の「弱さ」とは彼の真面目さに起因するものであり、これによって若葉は草太に対する特別な感情を再確認し、その感情を思わず具現化してしまったのが、草太を抱きしめるという行為だったわけです。それに対して今回の終盤に描かれたのは、若葉の「弱さ」であり、これは彼女の「世間知らず」に起因するものと言ってもいいでしょう。

ぜひ思い出していただきたいのですが、第6話において、今回描かれた若葉の「弱さ」に関連してくる伏線が描かれています。若葉が桜川日向(谷花音)の寂しさを想像できなかったのは、自分の幼少期についての「思い込み」が存在していたからで、それを打ち消し、若葉の幼少期の「真価」にいち早く気が付いたのが草太だったところがとても重要であるとレビューにも書きました。今回上京してきた若葉の父(神戸浩)とは、ここで言う若葉の「思い込み」を象徴する存在だと考えられます。若葉がこれまでいかなる努力も惜しまずに克服しようとしてきた「金銭的な貧しさ」の元凶がこの父親であり、若葉は自分の未来を切り開こうとする中で、過去の貧しさを否定することを父親を否定することにいつの間にかすり替えてしまったようです。しかし、草太は若葉よりも先に日向の寂しさが何に由来するものなのかに気が付き、若葉の幼少期には「精神的な豊かさ」があったはずだとつぶやきます。

 「でも、それって、いつもお父さんがそばにいたってことですよね。どっちが本当のぜいたくなんですかね」

若葉の幼少期の「真価」とはつまり、父親がいつもそばにいたことに他なりません。今回は若葉が自分の幼少期の「真価」を思い知る過程を母子健康手帳と預金通帳という二つのツールを使って巧みに表現していました。この母子手帳と預金通帳こそが若葉の幼少期が豊かだったことを示す「証拠」であり、この二つのものが意味するものにいち早く気が付き、それを若葉に教えたのはやはり草太だったわけです。父親がお守りとしてきた若葉の成長が記録された母子手帳と父親が若葉のために積み立ててきた預金通帳とが若葉が生まれた時の体重(2705g)によって結びついたとき、若葉の父親の想いが何倍にも増幅されて、若葉の「思い込み」を打ち砕くのです。若葉はこの時、自分が忘れてしまっていた「父親がいつもそばにいた幼少期の価値」を思い知らされました。

また、若葉の父親に出会ったすべての人たちが若葉が知らない彼の良さに気が付いているという描写も若葉の「世間知らず」を際立たせていたと思います。初対面の桜川昇子(薬師丸ひろ子)も汐田そよ子(蓮佛美沙子)も若葉の父親の人柄の良さを評価しているし、若葉の心配をよそに子供たちは彼にすぐに懐いてしまったし、そして極めつけは金貸しの鷲津(小沢仁志)が最後に若葉に投げかけた言葉です。

新堂の母親が肩代わりすることによって、すでに貸し金を回収した鷲津が再び若葉の前に現れた理由は何だったのでしょうか。私には彼が若葉の成長を見届けに来たように思えてなりません。鷲津にとってこの親子は「顧客」としては特異な存在だったのは間違いなく、特に小学生ながら法的知識を駆使する若葉は相当なインパクトがあったはずです。鷲津はあの通帳の存在とこの通帳が意味するものをとっくの昔から知っており、若葉がその通帳を差し出すと言ったとき、弁護士という社会的地位と引き換えに一番大事なものを忘れてしまった若葉に、鷲津は大いに失望したことでしょう。若葉はこの預金通帳の価値を草太に教えられ、鷲津に通帳を返して欲しいと懇願するわけですが、このときの鷲津の捨て台詞は若葉にとって大変ショッキングなものだったはずです。

 「オレが昔、その通帳だけは手を出さなかった理由がわかるか? ・・・ったく、親ってもんはよ・・・」

父親の価値を知らなかったのは自分だけだった・・・。この事実こそがラストシーンで若葉が見せた「弱さ」のベースにあったのです。そして若葉にとってその「弱み」を見せてもいい唯一の男が目の前にいたのです。このラストシーンは冒頭でも触れたとおり前回のラストシーンと対になっており、二人の立場が逆転しているわけですが、前回とは違って涙を見せたのが若葉だけではなかったところがこのシーンが名シーンたる所以だと思います。

 「今だけいいですか・・・今だけです・・・」

今だけ・・・握り締めた若葉の手に婚約指輪があることを感じ取った草太は、この瞬間がまさに「今だけ」であることを思い知ります。草太の頬をつたう涙の意味は実に切ないものなのです。したがって、ストーリーの本筋(若葉と草太の行く末)から言えば、前回と今回のラストシーンで表現されたものは、二人の「弱さ」というよりもその「弱さ」を互いがどう受け止めたかということの方が重要で、相手の弱さを前に若葉は思わず草太を抱きしめ、草太は静かに涙を流すのです。この二つのラストシーンを結び付けて考えると、このドラマがとても奥深い表現に挑戦していることに気が付きます。

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前回のラストシーンで川村泰祐監督は、エンディングテーマのイントロが始まってからエンドロールが導入するまでの30秒あまりを二人の間に立ちはだかる障害を示すカットで埋めることによって、視聴者が二人の未来を応援する立場に導く演出を施していたとレビューに書きました。前段で示した今回のラストシーンの演出も、狙った効果は大差ないと思うのですが、観ていただければわかるとおり表現の質やレベルといったものは、今回の方が格段に優れていたと言っていいでしょう。前回の川村監督の演出も素晴らしかったんです。でも、こういう形で比べてしまうと武内英樹監督の演出力はちょっと次元の違うところにあるようです。

今回はもう少し武内英樹監督の演出を掘り下げてみたいと思います。武内監督が「のだめ」で確立したテンポのいい演出で本作のラブコメ要素を引き立ててくれていることにはすでに言及しましたが、今回のラストシーンに代表されるようにひとつひとつの演出には大変緻密な計算が存在しています。たとえば今回の序盤、非常に細かいところではありますが、若葉の携帯電話の着信音が「だんご3兄弟」になっていたのは武内監督のアイデアだったのではないかと想像しています。このシーンでは、草太と電話で話した直後に若葉の婚約者・新堂響一(平山浩行)からの電話が着信するわけですが、お気づきのとおり、新堂からの電話の着信音は通常の電子音でした。若葉の身近にいる男性からの着信音を異なる音色で連続して聞かせるというところに何らかの演出的意図が介在していないわけがありません。同一シーンで描かれた草太と新堂からの電話とは、若葉が自分の身近にいる男性二人を無意識に「差別化」しているということを表現していると考えられます。若葉はどういう思いで草太からの電話の着信音をわざわざ他と違うものにしたのでしょうか。それは若葉が草太のことをいつのまにか「特別視」してしまっているからに違いありません。

さらに、このシーンは、第1話のレビューで言及した「若葉を動かす」演出が効果的で、観るものを画面にひきつける仕掛けが施されています。草太と電話で話しているときとは打って変わって、若葉の父親と連絡を取りたいという新堂との電話では、若葉は無意味に部屋の中を動き回り、その動揺をわかりやすく露わにします。動揺する登場人物を表現する方法は、動かさなくたっていくらでもあるわけですが、布団を手繰り寄せたり、おもむろに立ち上がってハタキを手にしたり、流しに向かったりといった動きや、あるいは新堂の言葉に対するひとつひとつの表情のリアクションが若葉というキャラクターを魅力的に見せているのは間違いないと思います。また、若葉の動きを追いかけるカメラ割りの先々に若葉が自ら筆を執った格言が見え隠れするところも見逃せないところです。特に「嘘は大罪」「正直な人間は気高い」という格言は、この時の若葉にとっては意味深で、これが前のシーンにおける園長先生(竹内力)のアドバイスを受けて若葉が書いたものだとしたら、新堂についた嘘よりも自分の気持ちについている嘘の方が重大であることを若葉はしっかりと認識していることになります。このあたりはさりげない演出ですが、若葉を取り巻く状況を示唆しているものと言えるでしょう。

最後に、ちょっとベタな話ではありますが、今回、若葉の上司・桜川昇子(薬師丸ひろ子)がシングルマザーである理由が一番好きな人と結婚しなかったからなのではないかと想像させる描写が複数ありました。昇子が若い頃の自分と若葉と重ねて見守っているのは明らかで、若葉の最終的な決断を後押しするのが昇子である可能性は高いと思います。薬師丸ひろ子さんはそういう役柄がぴったりの女優さんですし、むしろそういう役割を演じていただかなければもったいない女優さんです。そういう展開になったら、映画『ハナミズキ』を思い出さずにはいられませんが。昇子の「一番好きだった人」が園長先生だったとしたらこれまたおもしろい趣向ですね。

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