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サマーレスキュー~天空の診療所~ [ドラマレビュー]

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『 サマーレスキュー ~天空の診療所~ 』
最終回
( 2012年 TBS=ジ・アイコン 全10回 公式サイト
 )
演出:日比野朗 脚本:秦建日子 出演:向井理、尾野真千子、時任三郎、笹野高史、松重豊

最終回が映画『岳-ガク-』の放送とかぶっていたとは皮肉なものです。
同じ山の事故を題材にした作品で、こんなにも差がついてしまったのは、脚本家の力量差と断じてしまっていいでしょう。
確かに『岳-ガク-』には良質な漫画原作が存在しているわけですが、私はエピソードの取捨が見事だったと思っています。
特にこのブログの当作品のレビューをヒットした検索ワードとして、「フォール」が極端に多かったという事実は、
それだけ「山で営まれている真実」が観る者に与えた影響はショッキングだったということだと思います。
私は人の心を打ち、末永く心に刻まれる作品とはフィクションの中にも現実が巧みに織り込まれていると考えています。

それに対して実話を基にしているという本作が描いた「現実」とは何だったのでしょうか?
もちろん山の診療所が存続の危機に立たされているという状況は現実に存在しているのでしょう。
しかし、一方で沢口先生(松重豊)が提示した現実(医療従事者や病院予算の不足)もまた確かに存在するのであって、
私はこの二つの現実の軽重は、本編でも描かれたとおり簡単に決められるものではないと考えています。

それなのにこのドラマが選択した結論は、
地上の医療の現実なんか知ったことではない、山の診療所の存続が第一だ、というものでした。
山の診療所が倉木(時任三郎)の尽力で存続にこぎつけたことをどうこう言うつもりはありません。
しかし、この一件で倉木という有能な医師を失った明慶大学病院の現実はどうなってしまうのでしょうか。
さらに、1年後の稜ヶ岳にあろうことか前年とそっくり同じメンバーが顔を揃えてしまうとなると、
いよいよこのドラマの作り手は地上の現実なんてどうでもいいと考えていることがはっきりします。
山の診療所を廃止に追い込んだ沢口先生の主張とは本当にそこまで蔑(ないがし)ろにしていいものなのでしょうか?

倉木が大学病院を辞めて山の診療所を建て直すことを宣言した時、研修医たちが自分たちも手伝いたいと申し出ます。
私はこの時の倉木が彼らの申し出を笑顔で受け入れたことをとても意外に思いました。
私はてっきり倉木ほどの人物ならば「お前らは一人前になってから山に来い」ぐらいのことを言うに違いないと思っていました。
このドラマはそういう形で「二つの現実のバランス」をとるものだと考えていたからです。
そして挙句の果ては速水(向井理)までもが研修を中断して、1年後には山の診療所に復帰してしまうのです。

よく思い出していただきたいのですが、速水の海外研修の目的は将来地上でより多くの命を救うためだったはずで、
彼は山の診療所の存続を訴える一方で、もうひとつの現実も受け入れていたのです。
つまり、速水という医師は「現実的なバランス感覚」を保持したもっともクレバーな存在として描かれてきました。
しかし、医療という専門技術の研修中に1シーズンも帰国するなどクレバーな人間のすることではありません。

私はこのドラマの結末は速水が研修を終える3年後でも何の問題もなかったのではないかと考えています。
倉木が診療所の復活に要する期間はそれぐらいの方が現実的で、説得力があるし、
研修医たちが一人前の医師になったことも描けるでしょう。さらに速水と遥の関係を深化させて描くことも可能となります。

確かにあのラストシーンには速水の存在は不可欠でしょう。
しかし、彼の登場によって「二つの現実のバランス」は決定的に崩壊しました。
私は、一方の現実を手放しで賛美するこのドラマの結末が嫌いです。 

(了)

関連記事 : サマーレスキュー 第8回 (2012-09-12) 

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Frankie

こんばんは。興味深く拝読しております。

>私はこのドラマの結末は速水が研修を終える3年後でも何の問題もなかったのではないかと考えています。

本当にそうですね。そこまでして本田望結ちゃん(ももかちゃん)をラストシーンに登場させたかったのか、と思ってしまいました。


同じ一年後でも、「流れ星」でのストーリーとしての必然、とはかなり乖離した安易なラストにがっくりでした。
by Frankie (2012-09-29 23:05) 

ジャニスカ

Frankieさん、いつもお読みいただきありがとうございます。。。
そうですねぇ、どこにも「必然」が感じられないドラマでしたね。
ちょっとつぶやいたんですが、本編を通じて小さなリアリティの積み重ねがあれば、
もしかしたらこの結末でも許容できてしまうのかもしれません。
Frankieさんが映画『岳-ガク-』をご覧になられたかわからないのですが、
この映画の結末だって冷静に考えたら、出来過ぎなんですよ。
でもそれまでのエピソードや表現が迫真だから、このクライマックスにも素直に感動してしまう。
感動にいたる道筋がしっかりと作り上げられているんですね。これこそが「必然」というわけです。
それに対して、このドラマの作り手は何も積み上げていないのに、
結末に限っては臆面もなく「これ、実話なんで」とエクスキューズしちゃったんですね。
最後はなんとなく映画「余命一ヶ月の花嫁」を思い出してしまうTBSクオリティでした、、、(^^;

「流れ星」以来お読みくださっているのでしょうか、とても嬉しいです。
これに懲りずまたどうぞ。。。お待ちしています。

by ジャニスカ (2012-09-30 22:42) 

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