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塚原卜伝 [ドラマレビュー]

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『 塚原卜伝 』
( 2011年 NHK=NHKエンタープライズ 全7回 )
演出:佐藤峰世、福井充広 脚本:山本むつみ、高山直也 出演:堺雅人、平岳大、栗山千明、永島敏行

2013年放送予定の大河ドラマ『八重の桜』の脚本を担当する山本むつみさんの作品なので早くから注目していました。『ゲゲゲの女房』(2010年)が評価されての大河ドラマという流れだと思いますが、デビュー以来時代劇もたくさん手がけておられる方なので、当初からそういう意味での安心感は確かにありました。それでも絶賛するようなドラマとまでは思ってなかったのですが、最終回を観てその印象をガラリと変えています。

私は、本作は近年の大河ドラマ、いや、というよりも目下放送中の作品に対するアンチテーゼだったのではないかと考えています。しっかりとした時代考証に基づいて、時代様式や風俗を的確に見せる脚本と演出、あるいは歴史感・世界観を想起させるロケーションや実景ショットの多用、そしてなんと言っても殺陣を魅せ(ようとす)る演出などは、歴史時代劇の原点に回帰するものだったと思います。つまり、NHKの内部でこのジャンルについての正常で健全なバランス感覚が働いてくれた結果がこの作品だと思うのです。

先日事故で「江」をチラ見してしまったのですが、台詞ごとの顔寄りショットの連発に「やっぱり」と苦笑いしてしまいました。私は歴史時代劇とは登場人物の感情だけを切り取ればいいというものではないと思っています。その時代ならではの風俗や様式美、時代が醸し出す雰囲気や空気感といったものを映像に刻み付けてこそ時代劇というジャンルたりえるのであって、登場人物の感情とはそういう下地があって初めて浮かび上がってくるという仕掛けにしておかないと、現代劇となんら変わらない表現になってしまいます。登場人物の表情と台詞だけを見せて奥行きのない感情だけを次々と視聴者に押し付けているのが現在の大河ドラマだと私は感じています。本作の最終回にそういう現在の大河ドラマのあり方の対極とも言っていい表現がありましたので取り上げてみたいと思います。

廻国修行から鹿島に戻った主人公・塚原新右衛門(堺雅人)はついに剣術の奥義を極めますが、時代は戦国の世にまさに突入せんかという前夜、鹿島でも家中に争いの種が萌芽し、不穏な時代の空気が漂い始めます。掘割に浮かんだ斬殺死体を目撃してしまった新右衛門は、鹿島家の重臣である実父・吉川覚賢(中村錦之助)と剣術の師でもある松本備前守(永島敏行)に呼び出され会談します。あの死体は敵対勢力の重要人物を暗殺するために放った刺客で、暗殺に失敗した上に敵方に寝返った刺客を備前守が口封じのために殺害したことが明らかになります。吉川覚賢と松本備前守はもはや主君を裏切って謀反(むほん)を起こすしかないと説き、新右衛門に加担するよう促します。

この3人が会談するシーンの台詞と演出がすばらしかった。灯台の小さな火で照らされた狭い部屋は「密談」の雰囲気をうまく表現していたし、個々人の意思とは無関係に世の中は下克上の乱世に突入していかんとする「時代の緊張感」のようなものがひしひしと伝わってきました。備前守が力強く放ったこの台詞などは、近年の大河ドラマではとんと聞くことができなかった重みのある言い回しと比喩表現で、まさにこの時代の状況を的確に示す表現だったと思います。

  「受け入れてもらえぬ時は、是非もない。武をもって事を成すのみ」
 「君は舟なり。臣は水なり。水能く舟を乗せ、また舟を覆す。
  君主たる舟は、水の流れに逆らい、政(まつりごと)を誤る時、敢えて舟を覆すのが臣たる者のとるべき道」

技術的には、俳優さんのお芝居と表情を余すところなく見せようとするカメラ割がなされている他、SEと音楽によってこの後におとずれる新右衛門と備前守の対決に向けて、ドラマを巧みに盛り上げてくれています。謀反に加担することを拒絶した新右衛門は、いよいよ剣術の師・松本備前守との対決に向かいます。新右衛門が極めた「一つの太刀」の前にあっさりと敗れた備前守は、闘わずして勝つ「平法の剣」を極めるための新たな廻国修行に旅立とうとする新右衛門の意思を尊重します。

このシーンで備前守は、対決直前のシーンとは打って変わって、新右衛門に向かって敬語を使うんですね。このシーンの二人のやり取りは新右衛門が師を超えたことを表現しているのは言うまでもなく、新右衛門は自分の剣が一つの到達点を迎えたことを師のたたずまいからも実感するわけです。このときの堺雅人さんのお芝居が本当にすばらしい。師をまっすぐに見つめたその目から「静かに」としか言いようのない涙があふれ出します。私は現在の大河ドラマが欠いているのは「これだ!」と思いました。同じ顔寄りのショットでも画面に映っている登場人物の感情の奥行きが雲泥の差なのです。

私がこのドラマを観ようと思った目的の大部分は、再来年の大河ドラマがどんなもになるのかを確認しておきたいという思いで成り立っていたのですが、『八重の桜』に対する大きな期待感を得るに至っています。綾瀬はるかちゃん主演で、大好きな幕末と会津が舞台で、それに加えて的確な時代描写とそれを背景にした登場人物の感情を表現できる山本むつみさんの脚本が揃いました。願わくば音楽は川井憲次氏に担当して欲しい。本作においても重厚なテーマ曲と緊張感を盛り上げる時に本領を発揮する独特のサウンドが作品の雰囲気作りに大きく貢献しており、私は大河ドラマに相応しい名作曲家だと思っています。


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