息もできない夏 第6回 [ドラマレビュー]
『 息もできない夏 』
第6回
( 2012年 フジテレビ=共同テレビ 公式サイト▼ )
演出:池辺安智 脚本:千葉美鈴 出演:武井咲、江口洋介、木村佳乃、要潤、北大路欣也
当回の演出は、普段は演出補としてクレジットされているサードディレクターの池辺安智監督でした。
すでにつぶやいたとおり、私は今回の演出だけを取り出せばチーフディレクターのそれを凌駕していたと思っています。
私はディレクターの才能や力量というものは、デビュー(初期)作を観れば大概のことはわかると思っていて、
将来的に池辺監督が共同テレビのディレクターとして、それなりの地位を確立するのは間違いないような気がしています。
映像演出に求められるものは、技術というよりも絶対的な「創造力」であり、
平たく言えば、どういう絵で何を見せれば表現したいものを視聴者に的確に伝えられるかということを突き詰めて思考し、
視聴者を画面に惹きつけておける魅力的な映像をどれだけ生産できるかが、
そのままディレクターの実力と言うことができると思います。もちろんこれは「ひとつの考え方」だということを断っておきます。
「演出」という抽象的なものを言葉で説明しようとすると、今の私にはこれぐらいの言葉しか思い浮かびません。
たとえば、本作のスケジュールを担当している関野宗紀さんもディレクターとして何本か撮っていましたが、
はっきり申し上げて特筆できるような演出をなさる方ではないと思っていたら、やはり裏方に回ってしまいました。
酷な言い方をすれば、この方はディレクターとしての才能がなかったんだと思います。
そのことは映像演出に精通した人ならば、作品を何本か観ればすぐにわかってしまうものだと思います。
「技術」は専門の技術スタッフのサポートもあるし、経験を積めばそれなりのものを獲得できるかもしれません。
しかし、「創造力」は決して技術で埋められるものではなく、ある程度その人に備わったものだと言わなければなりません。
言い換えれば、技術とはディレクターが創造したものを実現するための手段でしかないということです。
つまり、ドラマディレクターという職業は、カメラマンなどの技術スタッフとは異なり、長くやっていれば巧くなるというものではなく、
実際、テレビドラマの世界ではディレクターデビューしたとしても、長期に渡って第一線で活躍する方はほんの一握りであり、
映画監督同様、テレビドラマの監督も才能と実力(結果)で評価される厳しい職業だと言えると思います。
それでは「視聴者を画面に惹きつけておける魅力的な映像」とは具体的にどのようなものなのでしょうか。
今日は、本編の中からわかりやすいシーンをひとつピックアップして、
テレビドラマの映像演出がどういうものなのかを掘り下げてみたいと思います。
次に紹介するシーンは、当回がとりあえずチーフディレクターの演出ではないだろうことを最初に感じ取ったシーンです。
数字は、このシーンのカット番号で、アルファベットは同一カット内で私が任意にキャプチャーした絵を区別する記号です。
同じカットの絵は同じ色になるようにセルの色を指定してあります。色が変わったところがカット変わりとお考えください。
早い話がこのシーンをもう一度観ていただきたいのですが、こうやって静止画をキャプチャすることで見えてくるものもあります。
台詞はカギ括弧で囲み、斜字にしてあります。お付き合いください。
こうやって映像をキャプチャーしてみると、改めて美しいカット割だなと思います。
そして、これらがディレクターの「創造力」が生み出した映像だということをもう一度強調しておきます。
それでは55秒に渡るこのシーンを以上のような6つのカットで構成することによって、何が生み出されたのでしょうか。
このシーンを技術的にもう少し深く掘り下げてみましょう。
私が美しいと思うのは、それぞれのカットの「つなぎ」です。特にC1⇒C2とC3⇒C4がすばらしい。
C1⇒C2の切り替わりは、男が画面を横切って画面がシャツの白で一杯になった瞬間を狙って編集してあって、
思いがけず見覚えのある男が目前に現れた瞬間に表出した、玲の驚きの表情を見事に強調しています。
C3⇒C4の切り替わりは、玲が背後にいる鮎川に意識を向けた瞬間を狙って編集してあって、
C4で表現される零の表情の変遷はここから始まるわけです。
ご覧のとおり、どちらもあえて登場人物が動いた瞬間を狙ってカットをつないでおり、
それによって別撮りの映像に連続性を持たせ、複数のカットで違和感なくひとつのシーンを成立させているのです。
また、この編集は登場人物の動きに意味を与えると同時に、映像にアクセントをつけることにも成功しています。
ちなみにC5⇒C6も、玲が振り返る動きでつながっていることがわかると思います。
これは私の価値観かもしれませんが、ディレクターの実力はこのつなぎの巧さに集約できるような気がしています。
視聴者を映像に惹きつけておくためには、違和感のない映像編集がなされていることが大前提であり、
これができる人は自分が最も印象付けたいカット(表情や台詞)に向けて視聴者を映像にグイグイと引き込んでいくことでしょう。
取り上げたシーンで言えば、池辺監督が視聴者に対して印象付けようとしたものは、
鮎川の「北海道に帰るよ」という台詞(C2)と、C4ラストとC6の玲の表情ということになると思います。
連続性ということで言えば、究極的には1カットで撮るのが最良なのかもしれません。
しかし、それでは登場人物の多様な感情の変遷を短時間で視聴者に印象付けることは困難になってきます。
かといって複雑なカット割にしてしまうと印象付けたいものが散漫になってそれはディレクターの自己満足に終ってしまうでしょう。
今日取り上げたシーンにはそれぞれのカットとそのつなぎに明確な意味があって、ひとつとして無駄がありません。
視聴者との間合いや表現のバランスが絶妙なのです。私がこのシーンを「美しい」と評する理由が伝わりましたでしょうか。
このドラマのワンシーンを借りて、テレビドラマの演出の奥深さを皆様にお伝えできたら嬉しく思います。
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