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(5)鈴木先生 [ドラマレビュー]

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『 鈴木先生 』
第5回
( 2011年 テレビ東京=アスミック・エース 公式サイト
監督:河合勇人 脚本:古沢良太 出演:長谷川博己、臼田あさ美、土屋太鳳、田畑智子、富田靖子、でんでん

自分らしく生きることが困難ならば、自分を殺して生きることもまた易しくはない。 

自分の在り方や身の置き場所に苦悩するということは、人間が社会生活を営むにあたって避けられないものだと思います。やはり小川蘇美(土屋太鳳)がそのクールな表情の裏に隠していた苦悩とは、とても奥が深く、人間社会の真理とでも言うべき内容でした。彼女は、自分らしくいることによって周囲(自分以外の人間)に「すかしている」「バカにしている」と思われてしまう自身の在り方に悩み、クラスメート(自分以外の人間)のいいところを取り入れて、自分らしさを改造しようとしました。彼女はそれを「自分がいいと思う自分」と表現しましたが、自分以外の他者の目が介在している時点で、すでに「自分らしさ」はほとんど失われてしまっていると言っていいでしょう。

今回のエピソードは、自己主張しても自己封殺しても、結局は誰かしらの妬みを買ってしまう人間社会の愚かしさと不条理を捉えていると思います。小川蘇美は、今回の事件を経験したことによって、窮屈な人間社会を生きていくための「処世術」を手に入れました。彼女が選んだ生き方とは、「仮面」をかぶって生きていくことです。いや、これはほとんどの人間が遅かれ早かれたどり着く、というよりも選ぶことを強いられる結論なんだと思います。ありのままの自分を出して社会生活を営んでいる人間がこの世の中にどれだけいるでしょうか。ほとんどの人は自分ではない自分を演じることによって、自分の社会的ポジションを確保し、周囲との折り合いをつけているのです。

好きな人を告白することを強いられた小川蘇美が取り乱してしまったのは、ただでさえ自分らしさに折り合いをつけた窮屈な生き方をしているのに、誰にも侵されるはずがないと思っていた「心の自由」まで脅かされそうになったからだと思います。

 「誰が好きだっていいじゃないか!」

人間同士が向き合うとき、絶対に侵してはならない領域というものがあって、それがその人にとって「自分らしさ」というものをわずかでも保持できる拠り所かもしれません。「仮面」をかぶって社会生活を営んでいるのが人間である以上、その外見のみで人となりを判断することは避けなければなりませんが、だからと言ってその懐にずけずけと立ち入ることも憚らなければなりません。それが人間社会の暗黙のルールというものだと思います。

いささか哲学的な命題と化してしまっていますが、これらは人間社会が普遍的に抱えているの真理だと思います。小川蘇美は、自分らしさを隠すための仮面をかぶった自分もまた自分であると考えることによって、ありのままの自分ではなくなってしまった自分をも好きになろうとしているのです。そして、今度のことでそれが社会を生きていく術だということを思い知りました。彼女が確信を持ってひとつの結論に到達できた背景に鈴木先生(長谷川博己)の存在は欠かせないものだったでしょう。彼女は鈴木先生もまた「生徒から憧れられる先生」を演じているということに気がついており、だからこそ自分も「大人から見ていいなって思える中学生」を演じていかなければならないという結論に辿り着いたのだと思います。自分と共通した命題に立ち向かっている鈴木先生が、変わろうとしている自分をちゃんと見守ってくれていることに彼女はどれだけ勇気付けられたでしょうか。

というわけで、結局判然としなかった小川蘇美が「好きな人」とは、鈴木先生のことで間違いないと私は考えています。ただし、その実は恋愛感情というよりも、「尊敬」という言葉の方がより適切なのはなんとなくお分かりいただけると思います。これまで描写された彼女の大人びた言動を振り返ると、同年代の男子を好きになることはまずありえないし、彼女が誰かのことを好きになるときは直感的な惚れた腫れたよりも、その人の本質を見極めた上での「尊敬」に近い感情から始まるのは至極当然のことだろうと思います。

一方で、鈴木先生も今回の事件を通じて小川蘇美に対する感情にひとつのけじめをつけることに成功しました。前回の「竹地事件」以来、鈴木先生がこだわっていたものとは、小川蘇美が好きな人は誰なのかということで、これは小川ファン5人衆や樺山あきら(三浦透子)など生徒たちの関心と何ら変わらないものでした。そのあたりの鈴木先生の心情に拍車をかけたのが、補充された体育教師・続木先生(夕輝壽太)の存在で、ついには夢や妄想を超えて鈴木先生の実行動をも狂わせてしまいました。

 「鈴木先生、しっかりしてください!そんなところを人前で見せてはいけない!」

鈴木先生の狂った理性を最終的に修正したものとは、小川蘇美の苦悩そのものだったわけです。鈴木先生は、彼女の正直な心情の吐露と決意表明に接して、自分がこだわっていたものがいかに小さなことだったのかを思い知ります。

 「誰が好きだっていいじゃないか・・・」

このあたりの鈴木先生の心情描写は、ストーリー上大変重要なものですが、目に見えない抽象的なものを含むだけにモノローグだけではフォローできない部分もあり、演出的には少し工夫が必要だったと思います。本編では鈴木先生の想像上の描写で小川蘇美に「バイバイ」と言わせているほか、窓の向こうに飛び立っていく白い鳩のイメージカットによって、小川に対する特殊な感情との決別を巧みに表現していました。さらに、これまでも多くのシーンで使用されてきたROBOTらしい活字を用いた演出が大変効果的でした。この画面からはみ出してしまうほどの活字が持つ力は、大変なものだと感心しています。

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さて、今週は鈴木先生の夢や妄想と暴走気味の行動に、続木先生とのからみやトイレでのモノローグとこれまでになく笑いの要素が満載でした。冒頭は『男はつらいよ』のオープニングを髣髴とさせる明らかに夢とわかるシーンでいきなり笑わせてもらったし、小川との駆け落ちを妄想するシーンで使用された舞台装置のようなセットなどにも強いこだわりが感じられました。それらの笑いに徹した演出と、鈴木先生と小川蘇美が会話する保健室のシーンに代表されるシリアスな演出のギャップはこのドラマの大きな魅力だと思います。

そして、長谷川博己さんの実力がここまでのものとは思ってもみなかったことで、今週回を観て改めて感心しています。言うまでもないと思いますが、この鈴木先生というキャラクターは、演出同様、硬軟両面の要素を求められるとても難しい役柄だと思います。昨年放送された『セカンドバージン』(NHK)の印象しかないので、彼がコメディ的要素をどう演じてくれるのかは未知数でしたが、第1話からすでに何の違和感もなく鈴木先生になりきっていたのはご覧になられたとおりだし、それどころか回を追うごとに鈴木先生の裏の側面を彼の中でうまく育て上げてきており、そのお芝居からは目が離せないといったところです。特にモノローグで成立している鈴木先生の複雑な思考と感情の表現は、台詞の抑揚や声のトーン、微妙な強弱などを巧みに用いて表現されており、あまりにも自然すぎて目立たないところかもしれませんが、改めて注目していただきたいと思います。

関連記事 : (10)鈴木先生 (2011-06-30)
(9)鈴木先生 (2011-06-24)
(8)鈴木先生 (2011-06-19)
(7)鈴木先生 (2011-06-10)
(6)鈴木先生 (2011-06-05)
(4)鈴木先生 (2011-05-19)
(3)鈴木先生 (2011-05-13)
(2)鈴木先生 (2011-05-06)
(1)鈴木先生 (2011-04-29)

< 付記 >
第5話が再放送されます。
5月28日(土) 12:58 ~ 14:23 (テレビ東京のみ)

<参考 : 緋桜山中2年A組 人物関係図>
http://www.tv-tokyo.co.jp/suzukisensei/special/book/book_img03.html 

<参考 : ネット局>
 ・ テレビ東京(関東広域圏)
 ・ テレビ北海道(北海道)
 ・ テレビ愛知(愛知県)
 ・ テレビ大阪(大阪府)
 ・ テレビせとうち(岡山県、香川県)
 ・ TVQ九州放送(福岡県)
 ・ 岐阜放送(岐阜県)
以上が同時ネット。以下は放送日時が異なる。
 ・ テレビ和歌山(和歌山県)※13日遅れ
 ・ テレビ熊本(熊本県)※15日遅れ
 ・ 新潟テレビ21(新潟県)※40日遅れ
http://www.tv-tokyo.co.jp/suzukisensei/onair/index.html


タグ:鈴木先生
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トリコ

鈴木先生第5話についての感想を読ませていただきました。
この5話は今までの中で、テーマとしては一番難しいものだったのではないでしょうか。
それを見事に分析していらっしゃいましたね。小川さんが保健室で鈴木先生に語った内容が、今ひとつ理解しづらかったのですが、ジャニスカさんの文章を読んで、すっきりと理解できたように思います。有難うございました。
by トリコ (2011-05-28 01:14) 

ジャニスカ

トリコさん、はじめまして。コメントありがとうございます!
今回のテーマは深かったですね。さすが小川蘇美といった感じです。
保健室のシーンは、このドラマ始まって以来もっともシリアスなシーンだったと思っています。
おそらく多くの人間は本文に書いたような「仮面をかぶる」という行為を深く考えずに行っていて、
実はその行為にたどり着く理由というものは、「その方が楽だから」という消極的なものなのかもしれません。
今回のエピソードは、私たちが現実に生きている人間社会の本質をうまく教えてくれていると思います。
そんなことをテーマにしたテレビドラマがこれまで存在したでしょうか。
改めて前クールの月9の陳腐さが際立ってきます。あれが「大切なこと」だって?
作り手の底の浅さは作品に正直に現れてしまうものだと思います。
逆にこのドラマの作り手が為している仕事には深い敬意を払わなければなりません。
トリコさんにもどうかこのドラマを作っているスタッフと俳優さんたちを賞賛して頂きたいと思います。

by ジャニスカ (2011-05-28 20:40) 

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