(P)太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男- [映画プレビュー]
(C)2011 「太平洋の奇跡」製作委員会 |
『 太平洋の奇跡 』
( 2月11日公開 東宝 128分 )
監督:平山秀幸 脚本:西岡琢也/Gregory Marquette・Cellin Gluck 主演:竹野内豊
※ この記事は、作品を鑑賞する前に執筆したプレビューです。
私は、ハリウッド映画の類をほとんど真剣に見たことがないのですが、
オリバー・ストーン監督の『プラトーン』を中学生のころに観て衝撃を受けて以来、
アメリカのメジャーな戦争映画だけはほとんど網羅しています。
そして、『プラトーン』は戦争映画のひとつのスタンダードだと思うようになっています。
ただ、『プラトーン』は、あくまでもアメリカ映画であるということを忘れてはなりません。
アメリカは大戦後、泥沼のベトナム戦争やイラク戦争を経験しているほか、世界各地で代理戦争を主導してきました。
そして、軍需産業を国を挙げて支援し、その軍事費を増大させてきたのがアメリカという国なのです。
そういう背景があればこそ、アメリカの映画監督たちは戦争映画の中に反戦映画というジャンルを確立したのであって、
古今東西、戦争を取材した映画がすべて「反戦」をテーマにしていると考えるのは間違いです。
もちろん受け止める我々は究極的にはそこに行き着くべきだとは思いますが、
「戦争映画=反戦映画」という先入観はあまり持たない方がいいと思います。
特に日本人が戦争映画に「反戦」というテーマをすぐに求めたがるのは、
それらのアメリカ映画の影響以外に、大東亜戦争を全否定する戦後教育の影響は大きいと思います。
ここで言う「全否定」とは、あの戦争そのものを間違いだったとするとともに、
あの戦争の最前線で戦った人たちまで否定してしまう考え方です。
否定というよりも歴史から抹殺しているとまで言ってもいいかもしれません。
私はこの『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』という映画は、
戦後の歴史教育が抹殺してきた「あの戦争を戦った人たち」を描いた作品だと捉えています。
この映画はおそらく『俺は、君のためにこそ死ににいく』(2007年 東映)に近い作品で、
その意味では日教組あたりから「戦争を美化している」などという批判が出るのは目に見えています。
『俺は、君のためにこそ死ににいく』を受け付けない方はこの映画を観ないほうがいいでしょう。
一方でこれを「あの戦争を戦った人たちに敬意を表している」と言い換えられる人にはぜひ観て頂きたいと思います。
そして、特筆すべきは、この物語の原作があの戦場にいたアメリカ海兵隊員によるものであるという事実です。
『最後の忠臣蔵』(2010年 ワーナー・ブラザーズ)がアメリカの映画会社によって映画化されたように、
日本人としてのアイデンティティや誇りといったものを外国人から教わらなければならないことを我々は恥じるべきです。
さらに、教わりながら理解できないとすれば、もう「日本人」は世界に存在していないも同然です。
あの戦争を戦った人たちの存在から目を背けたり、彼らが成し遂げたことを否定したりすることは、
日本人であることを拒否することに他ならないからです。
この映画を鑑賞される前にこちらの動画をご覧になることを強く推奨します。
原作者ドン・ジョーンズ氏の言葉 |
タッポーチョ 太平洋の奇跡
ドン・ジョーンズ(著) 中村 定(翻訳)
( 祥伝社文庫 / ISBN-10:4396315368 )
※ この映画の原作は、1982年に日本向けに出版された「タッポーチョ―「敵ながら天晴」大場隊の勇戦512日」という元米海兵隊員のドン・ジョーンズ氏による長編小説で、主人公の大場栄元陸軍大尉が監修として関わっています。これは絶版となっていましたが、映画公開に先立つ2月4日、新装版が出版されました。
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ちょっと真面目な話になってしまいました、、、(^^;。
とにもかくにも、この映画のスタッフ・キャストを確認しておきましょう。
監督 - 平山秀幸 『必死剣 鳥刺し』『レディ・ジョーカー』『愛を乞う人』
脚本 - 西岡琢也 『沈まぬ太陽』『火垂の墓』『陽はまた昇る』
音楽 - 加古隆隆 『最後の忠臣蔵』『明日への遺言』『博士の愛した数式』
主演 - 竹野内豊 『流れ星』『さまよう刃』『冷静と情熱のあいだ』
渋い・・・。
私としては、この映画への期待は以上のスタッフ・キャストを見るだけでも否応なく高まってしまいます。
一方で、本邦映画史上、戦争映画の傑作というものはほぼ皆無であり、
日本人にはやはり戦争映画は撮れなかったということもありえるかもしれません。
たとえば近年の日本映画では『真夏のオリオン』という戦争映画の悪例があります。
これは戦争映画というよりもエンタテインメント作品だと言われればそれまでですが、
だとしても史実を舞台・題材としている以上、娯楽作品に仕上げる目的で
登場人物を現代風にアレンジしてしまうのは愚行としか言いようがありません。
今や先の大戦を描いた戦争映画は、ある部分では「時代劇」であり、
そのストーリー構築にあたっては現代的価値観を持ち込んではならないと思います。
平和ボケした日本人の心をくすぐるような安易な感動エピソードの積み重ねは避けて欲しいし、
戦争という極限状況の中で生まれる人間の汚い部分もしっかりと盛り込んで欲しいところです。
脚本は『沈まぬ太陽』の西岡琢也さんなので「間違い」はないと思うんですけど、
そのあたりの作り手のバランス感覚は注視したいと思っています。
平山秀幸監督は、『必死剣 鳥刺し』で武士の生き様を鮮烈に切り取った方ですから、
今度も大場栄大尉の生き方や考え方を通じて日本人の誇りをしっかりと描いてくれるでしょう。
また、俳優さんのお芝居を真正面から真摯にとってくれる監督なので、
今の竹野内豊さんのお芝居のいいところを最大限に引き出してくれているはずです。
主人公の大場大尉は、寡黙な中に信念を感じさせるという部分では、
『必死剣 鳥刺し』の主人公ともかぶるところがあって、
平山監督は竹野内さんの無言の表情を捉えるショットを多用しているような気がしています。
表情の隠微で表現する心情というものは、竹野内さんが『流れ星』でも随所で見せてくれていたものだし、
彼のお芝居の最大の武器だと思います。それを今度はスクリーンで見られることが本当に楽しみです。
また、竹野内さんにとって『流れ星』の健吾は等身大の部分も小さくはなかったと思うのですが、
今度の役柄は軍人という特殊なもので、がっつりと役作りが要求されたはずですから、
竹野内さんがどんな大場大尉を作り上げてくるのかも楽しみにしています。
そして、作品の成功を決定付ける最大の要素は、
作品に作り手の想いが宿り、それがしっかりと我々に伝わってくるかどうかであり、
私はこの映画が彼らの想いを汲み取る作業に没頭できる作品であることを願いつつ、映画館に足を運びたいと思います。
関連記事 : 太平洋の奇跡 (上)(2011-02-27)
太平洋の奇跡 (下)(2011-03-01)
太平洋の奇跡 (コメント欄より)(2011-03-06)
太平洋の奇跡 (追記)(2011-08-22)
( 参考 ) | サイパンの戦い | サイパンの戦い・マリアナ沖海戦 | ||||||
大場栄 | 池上彰の戦争を考える 玉砕の島サイパン |
プレビュー記事、読ませていただきました。
私にとっては、初めて観る『戦争映画』でした。
日本の戦後教育というものが、反戦を前面に押し出すものという意識や自覚さえもなく、戦争というものに真正面から向き合うことを今までしてきませんでした。戦争=悪、戦争=悲惨なもの、という思いしかなく、それを語ることさえも悪であるかのような意識がありました。どちらかといえば、まっさらな中にこの映画は飛び込んできました。
衝撃でした。知らない事実がたくさんあったことにも、当時を生きた方々の苦悩や悲しみに全く思いを馳せることのなかった自分の稚拙さにも恥じ入るばかりでした。
竹野内さんは、この役を演じるにあたり、単なる英雄伝にはしたくなかったとおっしゃっていました。アメリカ側から見たら、この大場栄さんは、英雄なのかもしれないし、何故、日本人はこの英雄を称えないのか?という疑問があるのかもしれません。でもラストに、竹野内さん演じる大場大尉は、「私はこの島で褒められることは何一つしていません」と言います。彼の苦渋がひしひしと感じられる一言です。
ぜひ、たくさんの方々に観ていただきたい作品です。そして、観た方それぞれに何かを感じ取っていただきたいです。悪とか善とかそういう単純な一言でかたづけないで当時の方々の思いを汲み取っていただく事ができたら、この作品に携わった方々の思いが報われるのではないかと思います。
この映画を観て以来、戦争の記録をすすんで見るようになりました。正しい事実を知りたいと思いました。だからといって戦争賛美ではありません。知ることからすべてが始まるんだなぁと思いました。そういうきっかけになったこの作品に感謝しています。
プレビュー記事のジャニスカさんの真面目な(真剣な)考察、とても読み応えがありました。
この映画は、そういう真摯な姿勢で向き合うのにふさわしい作品であると言えると思います。
>ここで言う「全否定」とは、あの戦争そのものを間違いだったとするとともに、
あの戦争の最前線で戦った人たちまで否定してしまう考え方です。
否定というよりも歴史から抹殺しているとまで言っていいかもしれません。
まさに言い得ていると思います。私たちが向き合わなければならないには、そのことだと思います。歴史を(いまある我々の原点を)築いてくださった方々を、我々の記憶から抹殺しては、決していけないと思います。そのことを強く感じました。
今回のコメントは、私もかなり真剣(むしろ厳格といってもいいぐらいの)になってしまいました。
レビュー記事も楽しみにしています。
では、また。
by むーにゃ (2011-02-11 09:54)
太平洋の奇跡、初日早朝上映で見てきました。
あまり観客はいないだろうと、たかをくくって映画館に行ったら、
なんと中高年のカップル(ご夫婦)や男性客で混雑してました。
竹野内ファンから言えば、意外といえば意外。でも、映画の内容から言えば当然のことかもしれません。
映画を見た感想は・・・竹野内、日本兵になりきっていた!です。所作から歩き方、表情、目つき、どう見ても寡黙な日本の軍人さんです。国という重いものを背負い、精神的に深いものを持つ、もののふ。
[あの頃の日本人の魂を伝えたい]とキャンペーンでよく竹野内さんは話していましたが、少なくとも私の心には伝わりました。
そして切なくて、泣けて泣けて涙が止まりませんでした。こんなに泣けたのは、同じ平山監督の「愛を乞う人」以来です。平山監督は追いつめられた人間の、どうにもならない境遇を描くのがうまいですね。
by おかき (2011-02-11 19:08)
むーにゃさん、コメント遅くなりました。
『孤高のメス』のレビューにとても時間がかかってしまいました。
何度もDVDで観られると、書かなければならないことが増えて大変です(^^;。
このレビューを書き終えないと、次の映画に進めませんので、週末はこちらに集中させていただきました。
戦争映画というと男の子は割と積極性をもって観る事ができますが、女の子は生理的に受け付けないという方が多いようです。あの戦争から目を背けたり、語ることすら憚られるという意識は、今に始まったものではなく、戦後まもなく、ある種の国策で植えつけられたものだと思います。戦争映画を忌避する気持ちが存在するのも仕方がないかもしれません。しかし、戦後65年を経て、あの戦争はもはや「歴史」となりました。今こそあの戦争を冷静に振り返らなければならない時期に来ているんだと思います。この『太平洋の奇跡』はそういう機会を与えてくれる映画なんだと思います。むーにゃさんには『夕凪の街 桜の国』もぜひご覧いただきたいです。『太平洋の奇跡』とはまったくアプローチが違いますが、現在の我々の生活が、あの戦争で払った多くの犠牲の上に成り立っていることを気が付かせてくれます。
レビューは今のところ書くつもりなんですけど、実際には書けないかもしれないとちょっと思い始めています。あまり脚本のことや技術的なことをどうこう言うのもちょっと違うような気がしていて、書くとしたら超真面目にこの作品に向き合わなければならないと思います。レビューではなく「感想」という体裁をとらせていただくかもしれません。いずれにせよ実際に作品を観て何を感じることができるかということになってきます。
by ジャニスカ (2011-02-14 22:32)
おかきさん、はじめまして。コメントありがとうございます!
先日、竹野内豊さんが出演しているラジオ番組を聴きました。
この映画を語る竹野内さんの真摯な姿勢から、役者としてのお芝居のことをどうこう言うのは失礼かなとすら思い始めています。彼自身、この役を通じて何かを表現しようとして、何かを表現できた、とは考えていないのかもしれません。そういう奢りは微塵も感じられませんでした。重要なのは、我々が「あの事実」を知ることなんだと思います。竹野内さんの願いも「あの事実を多くの人に知って欲しい」以上のものではないのではないでしょうか。
「映画を観て感動する」けっこうなことだと思います。ただ、この映画を観た人にはその先も要求されているということを忘れてはならないと思います。我々は作り手の想いに報いなければなりません。
by ジャニスカ (2011-02-14 22:33)
さきほど「夕凪の街 桜の国」にコメントさせていただきました。
「太平洋の奇跡」に関することは、こちらにコメントさせていただいたほうがいい気がして、さきほどとは別にコメントさせていただきますね。
上の方にコメントされていた
>「映画を観て感動する」けっこうなことだと思います。ただ、この映画を観た人にはその先も要求されているということを忘れてはならないと思います。我々は作り手の想いに報いなければなりません。
の文章の意味がわかったような気がしました。
by むーにゃ (2011-02-16 11:35)
多くの映画の目的は観る人を感動させることにあります。『太平洋の奇跡』も一次的にはそういう目的を持っているのは間違いありませんが、同時に作り手がこの映画に副次的な目的を込めているということも明らかだと思います。この映画を竹野内豊さんがおっしゃられる「きっかけ」にできるかどうかは我々次第であるということに気が付かなければ、この映画を観た意味はないのかもしれません。
むーにゃさんに『夕凪の街 桜の国』をご覧いただけたことは本当にうれしいのですが、戦争映画ということになると日本にはお勧めできる作品がほとんどないのが悲しいところです。その中でも、本文でも取り上げた『俺は、君のためにこそ死ににいく』は是非ご覧いただきたいです。この映画は特攻隊のお話ですけど、それよりも神道を基にした戦前の「日本人の価値観」が大変丁寧に描かれていて、我が国を舞台とした物語なのに、ある種のカルチャーショックがあると思います。当時は当たり前のように受け入れられた「特攻隊員=生き神様」という認識が信じられますでしょうか。彼らは特攻隊員になった時点で靖国神社に祀られることが決定してる軍神なのです。父親ですら特攻隊員の息子に敬語を使うのです。鹿児島県の知覧という日本陸軍の基地があったところを舞台としていて、地元の人々が当時彼らをどれだけ歓待し、心を通わせたのか、胸を打たれます。一方で生き残った特攻隊員は戦争が終った途端に「特攻くずれ」と罵られました。この価値観の劇的な転換は本当に正しかったのか、この映画を観て我々はそこに想いを馳せるべきです。
by ジャニスカ (2011-02-17 19:07)