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おと な り (下) [映画レビュー]

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『おと な  り』
(2009年 ジェイ・ストーム 119分)
監督:熊澤尚人 脚本:まなべゆきこ 主演:岡田准一、麻生久美子
          Official / Wikipedia / Kinejun          

2010010101.jpg
(C) 2009 J Storm Inc.

記事:おと な り (上)

昨日に引き続いて、恋愛映画においてもっとも重要な要素のひとつである「二人の距離感」の表現という視点で、本作の演出面を掘り下げてみたいと思います。

熊澤尚人監督は、『虹の女神 Rainbow Song』でも触れたとおり、物語の情感を映像に刻むことができる優秀な映像作家であることは間違いありません。セリフなどの脚本上の描写とは別に「画」で表現する情感というのは、映画という表現手法のアイデンティティともいうべき要素であり、映像から監督の意図を汲み取ることはこのブログの大きなテーマのひとつとしているつもりでおりますが、近年の映画作品では画から監督の信念を感じ取れる機会はそう多くないような気がしています。そんな中、熊澤監督がつむぎだす画には、ひとつひとつに何らかの意味が詰まっており、レビューは自ずと映像を記号化する作業になっていきます。

たとえば、茜(谷村美月)がいじった棚の上のディスプレイを聡(岡田准一)が並べ直すという行為が何度か描写されていますが、聡が茜の真意を知った後は、聡は苦笑いを浮かべてそれをそのままにします。これは聡の人間的成長を印象付ける描写であり、セリフがなくても映像のみで聡の心情の変化を表現することに成功しています。また、七緒(麻生久美子)が容赦なく花を見切る行為も何度となく描写されていますが、これは七緒の人間的欠陥を印象付けるものであり、七緒は氷室に指摘されるまで自らの行為の意味に気がつきません。これらの「画」で表現された人物描写は、脚本の外側にあるものであり、監督の優れた想像力と映像表現力を感じることができる部分だと思います。

昨日も触れたとおり、本作演出上の肝は「二人の距離感」に情感を表現することであり、それは恋愛映画の核となる重要な表現です。熊澤監督が画で表現する情感は、終盤、二人の過去が明らかになってから物語の結末に至る過程でも遺憾なく発揮されており、「二人の距離感」がもどかしく、切なく、また我々にある期待感を抱かせるような表現で切り取られていきます。二人が「すべて」を知るのは、ラストシーンですが、我々は、二人が同郷であることが判明した時点で、物語の結末を予感し、誰もがあるひとつの結末を期待します。

七緒が氷室との一件で落ち込んでいるときに、聡が「風をあつめて」を口ずさんで七緒を慰めようとするシーンは、二人の距離が物語が始まってから最も近づいた瞬間であり、本作を象徴する名シーンだったと思います。しかし、同時に二人の間にはまだ「部屋の壁」が厳然と存在しているという事実も確認できてしまうし、繋がりかけた二人の気持ちも携帯電話が鳴ることで再び現実に引き戻されてしまいます。前向きさを取り戻した七緒は、実家に電話をしてフランス行きの準備を進め、聡はカナダへ行く前に日本でやり残したことを片付けるために帰郷します。

縮まりかけた二人の距離は元に戻ってしまいますが、次のシーンで二人が同郷であったという事実が描写されると再び我々は二人の距離が縮まり始めたことを知ります。そして、二人が同郷であったという事実もまた映像的記号で表現されていることも見逃せません。故郷の風景を写真に撮りに来た聡がコスモス畑でカメラを構えるカットと帰郷した七緒がコスモス畑を歩くカットは、それだけで二人の関係とこれから二人が辿るに違いない運命を表現しきってしまうものでした。

そして、謝恩会の連絡でついに二人が言葉を交わしますが、この電話のシーンには一連の事実を知っている我々だからこそ感じ取れる情感が表現されており、映画演出の醍醐味を感じることができます。セリフが少ないにもかかわらず、聡の七緒に対する特別な感情がしっかり伝わってくるのは不思議だったし、聡の会話の糸口を探すような「元気?」という何気ない言葉に七緒が無性に感極まるという描写にも我々だけに伝わってくる不思議な感慨があります。

謝恩会のシーンでも二人の距離感が絶妙な演出で表現されていきます。二人が初めて目が合った瞬間に一切の音がオフになるのは、二人の繫がりを音だけで表現してきた本編ならではの逆説的な演出だったと言えるでしょう。二度目に目が合ったとき、二人の距離は最小値になりますが、再び「現実的な音」が二人の間に入り込んでくるというのは、情感としては何とも言えない切なさともどかしさが見事に表現されていたと言えます。

再び東京にて、フランス行きを翌日に控えた七緒と聡を結びつける接点はもうないのかと思われたとき、喫茶店に飾られた写真に刻まれたサインを見て七緒がすべてを察してしまうというのは、改めて本作の脚本の秀逸さを認識させてくれます。七緒は「風をあつめて」を口ずさみながら、聡の帰りを待ちます。聡にとってそこに七緒がいたことはあまりにも唐突な出来事だったに違いありませんが、七緒のくしゃみを聞いたときの聡の笑顔は、七緒に対する自分の気持ちを確信したことを物語っていました。

「画」で表現する情感。本作は久々に映画の根源的魅力と醍醐味を堪能できる秀作です。

(了)

記事:おと な り (上)

総合評価 ★★★★★
 物語 ★★★★★
 配役 ★★★★★
 演出 ★★★★★
 映像 ★★★★★★(星6つ!)
 音楽 ★★★★


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コメント 6

めい

ジャニスカさん、昨日この作品観ました。
本当にとても素敵な映画でした。
日々大変な毎日の中で、自分をみつめるのは、つらさをともないます。
七緒がつらい思いをしているとき、いつもと違う様子に聡が気づき、寄り添うように
歌を口ずさむシーン、とても素敵でした。

わたしもこの作品大好きになりました。
by めい (2011-04-08 06:43) 

ジャニスカ

めいさん、こんにちは~。本当に素敵な映画ですよね。
どこかに普通に存在していてもおかしくない設定と
等身大の主人公二人に私も大いに感情移入してしまいました。
この映画の良さは「二人の距離感」の表現にあると書いたんですけど、
「風をあつめて」を二人でくちずさむシーンは、それを象徴する名シーンだと思います。
二人の気持ちがついにシンクロしたのに、二人の間には「壁」が存在している。
こんなに切ない二人の距離感の表現があるでしょうか。
熊澤尚人監督は、二人の精神的な距離感を表現するのがとても上手な方だと思います。
ぜひ『虹の女神 Rainbow Song』や『君に届け』もご覧ください!期待を裏切らない映画監督です。

http://www.stereosound.co.jp/hivi/detail/feature_617.html
興味がございましたらこちらもご覧ください。熊澤監督のインタビューです。
主人公二人の年齢が30歳というところが確かにツボかもしれません(^^)。

by ジャニスカ (2011-04-08 20:25) 

めい

ジャニスカさん、『虹の女神 Rainbow Song』や『君に届け』を観ました。
こころが洗われました。ふたつの作品、大好きです。
熊澤尚人監督は、「二人の精神的な距離感を表現するのがとても上手な方」「物語の情感を映像に刻むことができる方」とジャニスカさんが言われていること、ああそうだなあと思いました。
漠然と感じたことの意味を、言葉で発見させていただく時間は楽しいです。
ジャニスカさん、ありがとうございます。
by めい (2011-04-12 08:02) 

ジャニスカ

めいさん、こんばんは~。
熊澤尚人監督の3作品を観ている方にはそう出会えないので、ご覧いただけて本当にうれしいです。
『君に届け』のレビューで触れた「前後の関係性」にはお気づきいただけたでしょうか。
熊澤監督の「二人の距離感」の表現の巧みさがとてもよくわかるシーンだと思います。

http://www.dhw.ac.jp/faculty/lecture/topics/043.html
こちらで熊澤監督が『君に届け』についてお話されています。
ちょっと専門的なことにも触れていらっしゃいますが、
佳作になるべくしてなった作品だったということが確認できると思います。
まだ公にはなっていないようですが、熊澤監督の最新作がとても楽しみですね!

by ジャニスカ (2011-04-13 20:17) 

げん

ジャニスカさん、こんばんは。

『おと な り』を観賞して、レビューを読ませていただきました。

めいさんがおっしゃっていますが、私も「漠然と感じたことの意味を、
言葉で発見させていただく時間は楽しい」です。
ですから、今後も★印の映画を観たいですし、その後は◇印も・・・。

題名に「お隣」以外の意味が込められていることに気づきもしません
でした。それを知っただけでも観た映画の価値が上昇しました。
次元が低いもので・・・。

ジャニスカさんの「『絵』で表現する情感」との言葉通り、余計な説明
がなくて、いろいろ想像させてくれるところがとても佳かったです。
七緒が喫茶店に花を活けに来て、コーヒーを飲むシーン。
そのシーンの左上のところギリギリに聡が撮ったと思われる写真が
飾られている「絵」は絶妙に「情感」を醸し出していると感じました。

セリフでは、本筋とは関係ないのですが、社長さんが聡に「俺みたい
な奴にいちいち謝ってたら一流になれないぞ。」と、カナダ行きを認めた
シーンにジンときました。
「いい社長だな。・・・でも、こんな社長、絶対にいない!」とも思いまし
たが。

同級生としても、音だけを介するお隣同士としても相思相愛な、シャイな
二人の心模様を絶妙に描いた素敵な作品でした。
by げん (2011-10-27 23:32) 

ジャニスカ

げんさん、こんばんは。
映画やドラマの魅力や新しい見方を私の文章を通じてお伝えできたていたら、本当に嬉しいです。

私、この映画大好きなんですよ。
映画の楽しみ方ってこういうことなんだということを真に実感できた作品だと思っています。
熊澤尚人監督にはこれからもずっと注目していきたいと思っているんですけど、
なかなか新作のうわさが聞こえてこなくてちょっとやきもきしているところです。
今日はテレビでカットされまくりの『君に届け』が放送されていましたけどね(^^;。
あわせて『虹の女神 Rainbow Song』もぜひご覧になってみてください。
これは上野樹里ちゃんの最高傑作です!これを観たら「のだめ」も「江」も・・・ですよ。

一覧の★印は気分で付けているところがあるので、実は◇印の中にも良作がたくさんあります。
たとえば『孤高のメス』とか『さまよう刃』は映画作品としては素晴らしい出来だったと思います。
ただちょっと玄人好みの映画かなということで強くはお薦めしなかった作品です。
もし気が向きましたら、そのあたりから攻めていただくのがよいかなと。
◆は観る価値ないと思います。突っ込みを入れる楽しみ方もありますけどね。『感染列島』みたいに(^^;。
それと是非、映画館でも日本映画をたくさん観ていただきたいです。
ご覧いただける環境があれば『天国からのエール』がおススメです。(^^)

by ジャニスカ (2011-10-29 00:14) 

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