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おと な り (上) [映画レビュー]

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『おと な  り』
(2009年 ジェイ・ストーム 119分)
監督:熊澤尚人 脚本:まなべゆきこ 主演:岡田准一、麻生久美子
          Official / Wikipedia / Kinejun          

2009123101.jpg
(C) 2009 J Storm Inc.

記事:おと な り (下) 

本作は、素晴らしい着想に基づいた脚本を極めて高いクオリティで映像化した恋愛映画です。『おと な  り』とは、なんと我々の想像力を刺激するタイトルでしょうか。「お隣り」「音鳴り」「大人成り」・・・と、ひとつの言葉に複数の意味を付与できるというのは、古来の和歌にも通じる日本人ならではの感性ということができるような気がします。「お隣り」と「音鳴り」については、落語家のなぞかけを連想させる単純な語呂合わせとも言えますが、物語の終盤に明らかになる「大人成り」という要素は、本作脚本の奥深さを際立たせており、映画作品としての面白さにも大きく貢献しています。

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恋愛映画において重要なのは、「二人の距離感」の表現だと思います。私は、この種の表現がもっとも巧みなクリエーターといえば、即座に漫画家のあだち充氏の名前を挙げるでしょう。わかりやすいところでは、『タッチ』における達也と南の「距離感」を象徴する存在は和也であり、作中一貫して二人は相思相愛であるにもかかわらず、和也への遠慮が二人から素直さを奪い、それが絶妙で切ない距離感を生み出しています。

本作における「二人の距離感」の象徴は、「お隣同士を隔てる部屋の壁」ということになりますが、お互いの生活音が聞こえるという二人を唯一結びつけている事実は「部屋の壁」なくしてはありえないわけで、二人を隔てるものに逆説的な二つの意味を持たせるという初期設定は素晴らしい着想だったと言えます。そして、そんな二人の距離が縮まっていく過程には、二人の挫折と人間的成長とが描写され、さらに終盤には劇的なサプライズも用意されており、映画としての基本的な要素を丁寧に盛り込んだ優秀な脚本だったと思います。

ナダで風景写真を撮りたい写真家とフランスでフラワーデザイナーの修行をしたいお花屋さんという一見接点のない主人公ふたりを結びつけるものは「お隣り」と「音鳴り」しかありません。その二人の関係を限定する要素を際立たせるにあたって重要なのが、部屋の外における主人公ふたりの将来に対するベクトルが外向きかつ交差する余地がないことであり、二人に関する人物描写も、それを意図したかのようにそれぞれ独立して展開されていきます。

カメラマンの聡(岡田准一)は、親友のシンゴ(池内博之)の失踪に始まるエピソードの中で、その人物像が明らかになっていきます。聡の部屋に押しかけてきたシンゴの恋人・茜(谷村美月)の性格は、クールな聡とは対極にあるものであり、聡の人となりを浮き彫りにする存在としては適格な人物設定だったと言えます。

茜の軽々しい言動は聡の気持ちを逆なでする性質のものでしかありませんでしたが、いつしか聡は、茜と自分との共通点を見出します。聡は、シンゴの存在をカナダに行かないことの言い訳にしていただけで、結局「自分に自信がないからどこにもいけない」ということに気がついてしまいます。そのことは茜が聡の部屋に居座る理由と結びつくものであり、正反対の性格と思われた茜の存在が聡にとって自己認識のきっかけだったというのは秀逸な物語の展開でした。

もっともそれ以前に直接的に聡の精神の核心を突いたのは、聡が所属する事務所のスタッフ・由加里(市川実日子)でした。由加里が聡の精神を見透かしたのは、この二人の間に仕事を超えた関係があったことを想像させるものであり、大変興味深いところです。終盤には由加里が聡の部屋を訪ねて、「となりの鼻歌お姉さん」について触れますが、やはり由加里が聡の部屋を訪れたのが初めてではないことが確認できます。二人の過去にははっきりと言及していませんが、それを匂わす言動を盛り込むことによって、聡の自己認識の過程に説得力を持たせています。

一方、フラワーデザイナーを目指す七緒(麻生久美子)の前に現れた氷室(岡田義徳)は、序盤においては穏やかな存在でしかなく、それだけでも七緒の人物像を明らかにするには十分でしたが、終盤に明らかになる事実は、七緒の精神の核心に触れるものであり、氷室の存在も七緒にとって自己認識のきっかけとなっています。

さて、このとき明らかになる氷室の正体は、ストーリー上意図された純粋なサプライズだったと言えますが、主人公ふたりが同級生だったという物語の方向性を決定付ける新事実は、これもサプライズであることに変わりはないものの、物語の肝となるべき重要な事実だけにそれなりの説得力を持たせる必要があります。ストーリー上は序盤に、七緒が口ずさむ「風をあつめて」について聡が「中学の時に学校で歌わされた」という発言をしており、「音鳴り」を象徴している鼻歌が二人の過去を繋げる重要な伏線ともなっています。

明日は、そのあたりの二人の過去を明らかにしていく過程について、演出面からアプローチしてみたいと思います。

(つづく)

記事:おと な り (下)


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