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太平洋の奇跡 (下) [映画レビュー]

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太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男-
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『 太平洋の奇跡 』
( 2011年 東宝 128分 )
監督:平山秀幸 脚本:西岡琢也/Gregory Marquette・Cellin Gluck 主演:竹野内豊

          Official Wikipedia / KINENOTE          

太平洋の奇跡 (上)

本作が当時の日本人を描くときに用いた基本的な表現方法にまずは言及しておきたいと思います。クリント・イーストウッド監督が「硫黄島の戦い」を2作品をもって描いたのは、戦争を切り取る視点が一方に偏らないようにする配慮によるものということになると思います。本作が日米双方の視点で描かれているのも、同様の意味合いがあるはずですが、本作の場合、実はアメリカ側の視点というものは、アメリカ軍がサイパンにおいていかに戦ったのかということよりも、アメリカ軍が日本軍や日本人というものをどのように捉えていたのかということを表現するために存在しています。すなわち本作におけるアメリカ側の視点とは、ほぼハーマン・ルイス大尉(ショーン・マクゴーウァン)の大場栄大尉(竹野内豊)に対する畏敬の念をもって成立しており、アメリカ軍のパートは、日本軍の行動論理および日本人の精神や価値観をわかりやすく説明する役割を担っているのです。

大場栄大尉を中心に描かれる日本パートは、彼自身が多くを語らないということもあるし、彼らの行動が当時存在していた当たり前の価値観に基づいているのだとすれば、それらを彼ら自身が口にして説明するのもおかしな話ということになると思います。したがって我々がスクリーンに臨むとき、本来は大場大尉たち日本人が見せる表情や表面的な行動をもって当時の日本人の価値観を汲み取らなければならないわけですが、おそらく現代に生きる我々の価値観では容易に理解できない描写も多数存在していて、それらを説明してくれているのがルイス大尉ということになります。たとえば、玉砕に先立って日本軍の司令部が自決する意味をその描写だけを見て我々は理解できたでしょうか。つまり我々日本人の観客は、あの時代の日本人のことを「アメリカ人の目」を通して理解している、あるいはそういう形でしか理解できないということになり、私が前回の冒頭で複雑な気持ちだと申し上げたのはこの一点です。

我々はかつて存在した日本人の価値観を外国人から教わらなければならないことを恥じなければならないとプレビューに書きました。果たして本作のストーリーおよび表現方法を振り返ると、我々はまさにアメリカ人から我々自身のことを教わったのです。そもそもこれは原作が用いている手法とも言えるわけですが、それではルイス大尉の「解説」なくして、我々は当時の日本人の心情や行動の意味を汲み取り、本作のストーリーやテーマを深く理解できたでしょうか。私は本作が用いた手法は「赤子に教える」ぐらい噛み砕いた表現だったと思っています。戦後65年を経た今、作り手も観客もほとんどが戦争を知らない世代になったことを考えれば、これも仕方がないことなのかもしれないと思いつつ、本作が用いた表現手法から我々自身の「無知」とこれまでの「無関心」を思い知らなければならないとも感じています。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

本作の演出については、私が想像していたものとは若干のズレがありました。プレビューでも書きましたが、私は登場人物の感情の機微は俳優さんの表情をもっと時間をかけて撮ることで表現されているものと考えていました。それによって主演の竹野内豊さんの持ち味が生きてくると思っていたのですが、残念ながらそれが遺憾なく発揮されたとは言い難いものとなってしまいました。竹野内さんのお芝居については後ほど触れるとして、本作の演出が一部において登場人物の心情を的確に切り取ることに失敗しているということが端的にわかるシーンを挙げておきます。

大場隊と行動を共にする看護師・青野千恵子(井上真央)というキャラクターは、ほぼ前回紹介したラストシーンのために存在していると考えられますが、テーマ表現という観点ではその機能を弱くしてしまっていると感じています。ラストシーンにおける青野の決意表明はとても重要な意味を持っており、演出的にはそれ以前の彼女の心情変化を印象付ける作業は不可欠でした。青野は序盤にアメリカ軍によって家族を殺され、アメリカ人への憎悪の念を膨らませます。自らも武器を手にとってアメリカ人を殺したいとまで考えるようになるわけですが、収容所に入ってアメリカ人の女性看護師が大場大尉が助けた赤ん坊をあやしている姿を見ることによって、これがまったく別の心情に変化していきます。この心情の変化は、ラストシーンで青野が「私が教えます」と迷いなく表明した意志と密接に関連しているはずですが、はっきり申し上げて収容所の病棟のシーンは青野の心情変化を印象付けるのに失敗しており、ラストシーンのメッセージ性を弱くしてしまっていると思います。

このシーンで青野は、おそらくほとんど初めて兵士以外のアメリカ人の姿を目の当たりにしたはずです。捕まったら殺されると教えられてきた、そして自分の家族を殺した憎悪の対象でしかなかったアメリカ人が日本人の赤ん坊を抱いて微笑んでいる。彼女にとってこれは相当ショッキングな光景だったはずです。演出的にはその衝撃を受けた青野の表情をもっとはっきりと時間をかけて見せるべきでしょう。さらに、近づいてきて「赤ん坊を抱いてみなさい」と英語で言う看護師に対して、青野はどういうわけか首を振って拒絶します。これはおそらく彼女の「とまどい」を動きとして表出させた演出ということになると思いますが、私はここは表面的な動きを広い絵で捉えて表現するのではなく、彼女が受けた衝撃、あるいは怯え、迷いといった複雑な心情を彼女の表情をもって表現するべきだったと思っています。井上真央ちゃんはそれができる女優さんだと私は思います。

青野はこのとき、敵も味方も等しく子供を愛おしいと思える同じ人間であって、それが殺しあわなければならないという不条理で成り立つ戦争の本質を思い知ったのです。そして、このことは彼女自身が体感した戦争の真実を子供の世代に伝えていかなければならないという強い意志が彼女の中に醸成されるきっかけであって、アメリカ人を殺したいという気持ちが、まったく異質のものに変わっていくところが大変重要なのです。この劇的な変化こそがラストシーンで青野が言った「私が教えます」という台詞のバックボーンに存在しなければならないはずですが、この二つのシーンのリンクがとても弱くなってしまっているのは、私は演出に原因があると考えています。

2011030102.jpgさて、本作終盤、クライマックスシーンの演出を振り返ると、正直申し上げて「日和ったな」という印象を持たざるを得ません。大場隊が上官の命令に基づいて「降伏」を受け入れ、「歩兵の本領」を歌いながら堂々とタッポーチョ山を下りてくるシーンは、誇り高く戦った日本軍を印象付ける本作のクライマックスと言えるものです。大場大尉が軍刀を抜き、これまで戦ってきたアメリカ軍に対して最敬礼を払った後、降伏の意思として軍刀を差し出します。このシーンは、よく言えば「厳か(おごそか)」なのかもしれませんが、私には音がないのがどうしても納得できません。

平山監督がこの映画のクライマックスシーンに音をつけなかった理由を想像すると、おそらく日本軍を過剰に美化することを嫌ったのだと思います。平山監督は、戦後の冷戦構造や安保闘争など、イデオロギーの鬩(せめ)ぎあいを目の当たりにし、時代の空気感を肌で感じてきた世代の人ですから、このあたりの描写に繊細な心を配るのも頷けますが、結果として映画作品としての完成度まで落としてしまっているのは残念でなりません。個人的には、本作が切り取ろうとしているのが「日本人の誇り」だとすれば、現実に最後まで誇りを失うことなく戦い続けた日本軍を美化することに及び腰になる必要はないと考えますが、このシーンになんらかのバランス感覚が働いているのは間違いないでしょう。

このシーンに音をつけないという選択は、平山監督ひとりによる決断だったとも思えませんが、テーマ表現という観点からも作品のクオリティという観点からも、私は大失敗だったと考えています。せっかく加古隆さんに作曲を依頼しているのですから、少なくともそのあたりのバランスに配慮したこのシーンにふさわしい音楽を作曲してもらうべきだと思います。あのシーンに音をつけなかったということは、作り手がこの映画が描いてきたテーマの核心を積極的に表現することを避け、受け取る側の想像力に委ねるという消極的姿勢が現れたものであり、この一事だけでも本作への失望感は禁じえません。脚本上は、この後のシーンで大場大尉に「私はこの島で褒められるようなことは何もしていません」と言わせることによって、しっかりとそのあたりのバランスを成立させているだけに、演出的には事実を描くのみで「何も表現しない」という選択をしたことは、正直言って「情けない」としか言いようがありません。

平山監督が本作のテーマの核心をぼかしてしまったことを考えると、そのお芝居で「帝国軍人の誇り」を表現すべくこの役に臨んだ竹野内豊さんにとっては少なからず「迷い」があったのかもしれません。このことは私の印象でしかありませんが、大場大尉の帝国軍人としての側面は客観的かつ、どちらかといえば抑制的に描写されており、私が期待していた竹野内さんの表情ににじみ出てくる心情表現というものが、効果的に用いられていたとは思えませんでした。先に触れたようにそもそも本作は大場大尉の行動論理をルイス大尉に解説させてしまっており、竹野内さんが表現すべき要素が半減してしまっていたのは否めないところでしょう。

前段でこの映画のクライマックスシーンにおいて監督が演出上は何かを表現することを放棄していると書きましたが、それにもかかわらず、このシーンの最後のカットで十秒ちかくも竹野内豊さんの表情を捉え続けてこのシーンのまとめとしようとしたのは、演じた竹野内さんにはちょっと酷だったと思います。監督はここまで竹野内さんの表情のお芝居を最大限に生かす努力を怠っておきながら、最も重要な表現だけは竹野内さんの表情に丸投げしてしまったのです。このシーンでは音(演出)がない中で竹野内さんが表情のみで表現できることはそんなに多くはないのです。私が竹野内さんのこのときの表情から感じ取ったものはそのお芝居の「不完全燃焼」といった印象でした。

2011030101.jpg

私が本作中唯一竹野内さんの表情のお芝居で素晴らしいと思ったのは、終盤、尾藤三郎軍曹(岡田義徳)が今まさに銃剣を喉に当てようとしているのを大場大尉が目の当たりにしたシーンです。このときの尾藤は日本の敗戦をもって自らの軍人としての存在意義が失われたと考えたのであって、序盤に玉砕を主張した尾藤に対して大場大尉が「死ぬために戦うんじゃない、勝つために戦うんだ」と諭したことを考えると、勝てなかった今、大場はこれを止める論理を持ち合わせていません。このときの大場大尉の表情は上官として部下の覚悟から目を逸らしてはならないという強い意思を湛えていますが、これも軍人らしい行動論理と言えるでしょう。この大場大尉の軍人としての意思は、尾藤が命を絶つことを思い止まったとき、安堵という人間らしい感情に変化します。この両極とも言える心情を竹野内さんは本当に微妙な表情の変化で表現しようとしていました。さらにこれは大場大尉が「降伏」を決意するきっかけとなる重要なシーンであり、役柄の複雑な心情とその移り変わり、そして指揮官としての決断までが表情のみで表現されていたということになると思います。

最後に、アメリカパートの演出について触れておきたいと思います。アメリカの戦争映画や戦争ドラマがかなりの細部にわたってリアリティを追求して作られていることを知っている方にとっては、本作におけるアメリカ軍の描き方が「子供だまし」だということにすぐにお気づきになるでしょう。ただ冒頭でも触れたように本作においてアメリカパートはルイス大尉の視点が中心であって、あまり「アメリカ軍」としての描写に細かい突っ込みを入れるのは適切ではないかとも思います。その意味ではショーン・マクゴーウァンさんのお芝居は、アメリカ軍の中にあってルイス大尉という人物を特に際立たせており、そのお芝居の存在感は賞賛に価すると思います。私は向こうの事情に明るくありませんが、おそらく素晴らしい俳優さんをキャスティングできたんだと思います。日本に2年間留学していたという役柄を演じるにあたって、日本語はもちろん、当時の日本のことも相当勉強されたはずで、彼の語り口には強い説得力がありました。大場大尉と初めて会談するシーンを見ても、竹野内豊さんとのバランスはしっくりきたし、役柄の重要性を鑑みても、彼の存在は本作の成功に大きく貢献していたと思います。

関連記事 : 太平洋の奇跡 (追記)(2011-08-22)
太平洋の奇跡 (コメント欄より)(2011-03-06)
太平洋の奇跡 (上)(2011-02-27)
(P)太平洋の奇跡(2011-02-10)

総合評価 ★★★★
 物語 ★★★★
 配役 ★★★★
 演出 ★★★☆☆
 映像 
★★★☆☆
 音楽 ★★★★


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コメント 29

めい

映画レビュー有難うございました。
ジャニスカさんのレビュー、心待ちにしていました。
今回も私の理解力のなさを痛感です。感心してしましました。
2回みてもよくわからなかった点、ジャニスカさんの今後3回目をみて理解していきたいです。
監督が、戦後の冷戦構造や安保闘争のイデオロギーの鬩ぎ合いのなかで、肝心なところで、バランス感覚が働いているというご指摘、あ、そうなんだ、と思いました。
わたしも他の方に、この映画すすめると、変な顔されることが多く、最後には議論になってしまうのです。
もう一度みて、自分の戦後を歴史のなかで再評価したいです。
凪の町・桜の国も早めにみたいな。
by めい (2011-03-02 07:46) 

めい

さっきのコメント、脱字がありました。
ごめんなさい。
ジャニスカさんのレビューを参考に、今後3回目をみて理解していきたいです。
でした。
失礼しました。
by めい (2011-03-02 07:50) 

むーにゃ

ジャニスカさん、重厚なレビューですね。いろいろなことを考えながら拝読させていただきました。
私は、本作品を観る前に、映画のキャンペーン活動により、たくさんの情報を得ることができました。なので、平山監督、竹野内さんが、どのように考え感じながらこの作品に取り組み、どのような内面の変化を得ながら作り上げていったのかを、うっすらとではありますが、知る事ができました。それを踏まえた上で、作品を鑑賞しましたので、大場大尉の心の中を常に読み取りながら感情移入し観ることができました。
私が最初に観た時は、アメリカ軍からの描き方は、かえって私の鑑賞意欲をそぐものでしかなくて、邪魔といってもいいほどでした。ジャニスカさんがおっしゃっているように、何も準備がなくこの作品を観たら、日本軍の言動や日本人の感情は、現代人には理解できないものなのですね。なるほど、アメリカ軍からの言葉を借りて、補足説明のような形だったのですね。なぜ、2方面からの描き方を取ったのか、理解できました。
レビュー後半部分の演出面については、そういうふうに思いながら観ていなかったので、そんなんだ~としかいいようがありません。やっぱり、その方面については私は全く素人ですね。ただ、私も、公開前のキャンペーン中に竹野内さんが、苦しそうに言いよどんでいる姿を何度か見ていて、その理由について気になっていました。心残りがあるような複雑な感じなのですが、それが何なのかわからず、ただ実在の人物を演じて、演じきれた(なりきれた)かどうかの自分なりの自信が持てていないのかな~と思ったりしていました。それは、いい意味彼の謙虚さであると思っていましたが、本当のところはどうなのでしょう?もう少しできたのでは、という思いがあったのかもしれませんね。

さて、作品(上)でのコメントのお返事で、布切れを結びなおした際の堀内一等兵との会話の件ですが、私は、二つの意味には全然気がつきませんでした。なるほどな、と思いなぜ私が気付かなかったのかと考えてみました。
まず一つは、竹野内さん演じる大場大尉のことは、一挙手一投足を見逃さず、その微妙な表情の変化を全て読み取ろうと集中して観ていたのですが、残念ながら他の登場人物にまでは注意が及ばす、通り一遍の理解しかできていなかったようです。堀内一等兵がどんなことをしゃべってどんな行動をしていたのか思い出そうとしても、あやふやな記憶しかなくて、ジャニスカさんの言っていることがそうなのかどうか、正直判断ができません。すみません。
あと一つ、私の中での理解で、同じ目標(ここでは戦争に勝つ)をもっていても、考え方や行動の仕方はそれぞれ違っていて、勝つ為に生き抜いて戦うことを唱える大場大尉に対して、玉砕をと願う者、敵を倒す事だけを目的とする者、自分ひとりになっても日本人としての誇りを守ろうとする者、いろいろな考えを持つ人々を、指揮官としてまとめ導くことがいかに困難かというメッセージもこめられていると、勝手に解釈して観ていた部分があったので、堀内一等兵は、大場大尉にとっては、説き伏せるのが難しい人物として登場しているのかな、と思っていたからです。
もう一度観る機会があったら、その辺のところを考えながら、じっくり観てみたいと思います。もちろん、今度は竹野内さん以外も、注意深くちゃんと観てこようと思います(笑)
by むーにゃ (2011-03-02 08:35) 

ジャニスカ

めいさん、お久しぶりです。
「流れ星」ではコメントありがとうございました。。。
またコメントいただけてうれしいです(^^)。

戦争を知らない世代だけで初めて戦争映画を作る・・・
私は、だからこそ作り手にはあの戦争に対する両極の見方(=偏見)を無視して、
戦争を知らない世代ならではの視点で解釈し、率直にあの戦争を表現して欲しかったです。
監督の「何かを感じて欲しい」という言葉は、聞こえはいいですが、
要はこの映画が「中立」であるということを表していると思います。
「中立」という概念が存在している時点で、
この映画は既成の戦争映画の枠内に収まってしまっているのかもしれません。
作り手がはっきりと主張を盛り込めなかったところが
映画作品としての評価をひとつ下げなければならない理由です。
監督が自信を持って「こう感じて欲しい」と言えないのはちょっと寂しいですね。

>この映画すすめると、変な顔されることが多く、最後には議論になってしまうのです。

戦争映画に対するアレルギーみたいなものがあるんでしょうか。
でも、それを理由に戦争そのものからも目を背けてしまうとすれば残念ですね。
本文にも書きましたが、日本人の戦争に対する認識は成熟しきっていますし、
我々が受けたあの戦争についての歴史教育は、誤解を恐れずに言えばある種の洗脳だと思います。
そうやって作られてしまった価値観を翻すのは簡単ではないかもしれません。
まずは自らが戦争についての知識を蓄えて、
そういう人たちがこの映画を観るきっかけを作れるようになれればいいですね。

『夕凪の街 桜の国』をご覧になられたら、タイトルの意味をよく考えてみていただきたいです。
そして『太平洋の奇跡』が表現したことと共通するものがあることを感じていただきたいです。
またコメントお待ちしています。。。

by ジャニスカ (2011-03-02 19:24) 

ジャニスカ

むーにゃさん、コメントありがとうございます。
竹野内豊さんのファンならば、大場大尉を中心に見てしまうのは仕方ないかもしれません。
私は先入観を持たずにまっさらな状態で映画を観たいので、事前の番宣をほとんど見ないようにしています。
TBSの某番組のように本編を散々見せるような番組もありますから、、、
でも「NEWS ZERO 特別版」は映画を観た後に拝見しましたよ。レビューを書く材料にしました。
「ボクらの時代」も見たんですけど、この方は「モてる男」の要素をいっぱい持ってるなと思いました。
しかも絶対に真似のできない性質の・・・(^^;

竹野内さんは、今度の仕事に対して決して満足はしていないかもしれません。
でも、それは自身のお芝居についてというよりも、
作品そのものが何を表現できたのかということに由来するもののような気がします。
そのことは、本文で触れた演出面と密接に関わっていて、
監督がはっきりとこの映画で表現したいことを打ち出せなかったからだと思われます。
その演出について本文に書いたことはあくまでも「映画としての評価」に関わる部分であって、
観客が汲み取るべきテーマとは直接は関係ないので、知らなくてもいいことだとも思います。

布切れについては、初見ではまず気が付かないことだと思います。
あれは9割がた「考え方が甘い」だと思うんですけど、
わずかでも別の解釈の余地を残した可能性も高いと思います。
唐沢寿明さんは竹野内さんにとって事務所の先輩ですし、
役柄にも二人の関係性が反映されているような気がしてなりません。
堀内一等兵は赤ん坊を助けようとする大場大尉を見て、
内心は「こいつやるやないか」とも思っていたかもしれません。
大場大尉の方が階級は全然上だけど、
戦場での考え方は堀内一等兵の方が一枚も二枚も上を行っている。
実は唐沢さんの役はこの映画の中で一番おいしいんですよ(^^)。

むーにゃさんが書かれているもうひとつの部分でのご理解については、
序盤はそういう意味合いもあったかもしれませんが、
中盤に大場大尉が堀内一等兵も結局は同じ目的のために戦っていることに気付くというような描写があります。
その意味では大場大尉は堀内一等兵をしっかりと指揮下に入れていたということにもなるかもしれません。

次にご覧になられる機会がありましたら是非他の登場人物にも注目してみてください。
布切れの解釈のように新しい発見がありますから、繰り返しの鑑賞に堪える作品だと思います。

by ジャニスカ (2011-03-02 19:33) 

サンタ

 ジャニスカさんの解説じっくり読ませていただきました。 

 一度しか見ていないので上手く言えないのですが、終わった時に何かもの足りないものがありました。竹野内さんの表情で見せる心の動きがもっと見てみたかったとも思いました。 

 60日もの厳しい環境でのロケをたった2時間ちょっとの物語にするのですからもっと沢山の素晴らしいシーンもあったのだと思います。 それでもあの竹野内さんの手に抱かれた赤ん坊が生きていたらほぼ同じ年齢の私でさえ、あの戦争についてきちんとした事実を習って来なかった事に今更ながら愕然としています。

 戦争に負けてそれまでの価値観が180度変ってしまった(変えられててしまった)日本は戦争について正面から話すこと教えることに背を向けてきてしまったように思います。
戦争とは被害者だけでもなく加害者だけでもないその事実をきちんと総括して後世に伝えて行かなければならなかったのに、それが出来ないまま今に至っているのではないでしょうか。

 そういう意味でこの映画は見る価値のあるものだと思います。どこかでこの映画の日本人は現代の我々にとってある種の「外国人」だと思うというコメントがありました。 「どうしてもっと早く投降しないのか理解できない」というような考え方は今はごく普通かもしれません。 それだけにもう少し当時の日本人のメンタリテイーについての描写があったらとも思いました。

 竹野内さんが米軍の大尉と話し合うためにジャングルから出てくるシーンは心に残る良いシーンだったと思います。敵(?)はもっと大きな兵隊が出てくると思ったのではないかと。 やせ細ってはいるものの眼光鋭く凛とした大場大尉は誇らしかったです。

 大場大尉の頭上をB29が爆音と共に次から次ぎへと日本へ向けて飛んで行くのを見て現実を思い知らされてどんなに悔しくつらかったことでしょう。そのB29からの東京大空襲で私の家族も焼け出されました。

 最後の投降シーンは日本人として誇らしくもありましたが、各々が心の内をぐっと中に納めて軍歌を歌いながら歩くシーンに「椰子の実」の音楽が被りました。もう少しあの軍歌が聞きたかったように私は思いました。

 竹野内さんは魂を込めて大場大尉を演じていらっしゃったと思います。それだけに撮影が終わってからあの47人の中で現在もご健在の方と会ってお話を聞けたのが残念です。撮影の前に会わせてあげたかった!

 若い人達に是非見て欲しいですね。

 先日テレビ朝日で「遺恨ありー最後の仇討ち」と言うドラマを見ました。 素晴らしいドラマでした。これも今は失くしてしまった日本人の心の「芯」が描かれていたと思います。

 竹野内さんは「あの当時の日本人のDNAは現代の我々の中にきっと伝わっていて、忘れているのではなく今は眠っているだけではないでしょうか。」と話されていました。 

 大場さんと奥様の驚くほどの愛情溢れた手紙のやり取りの事実を知りこの役は竹野内さんがぴったりだったと思いました。優しい方だったからこそ「奇跡」を起こされたのだと。
by サンタ (2011-03-02 21:32) 

misachi68

ジャニスカさん、はじめまして。
TBありがとうございます。
こちらのレビューを読ませていただき、自分の拙い軽い感想記事が
恥ずかしくなってしまいました。
とても深い考察をされて、重厚なレビューですね。
あらためて、映画の内容を思い出しながら、「そうか、そういうことだったのか」と
映画を見たときには釈然としなかったいろいろなことが、
すっきりと整理されて、今さらながら、「いい映画だったのだな」と感じています。

私は迫力満点の戦闘シーンのある戦争映画は、
娯楽的な要素があって、戦争賛美につながっているのでは?という疑問から、
あまり戦争映画を好んで観たりすることがありませんでした。
だからといって「反戦」をうたっているからという理由でも
観てないのですけど(^_^;)

やはり、きちんと戦争について学ぶ機会がなかったからか、
理解できないことが多くて、興味もあまりなかったのです。
昨年、人気のあった小説『永遠の0(ぜろ)』を読んで、
戦争のことをちゃんと知らなくてはいけないと思い始めていたので、
この映画でも何か感じるモノがあるのじゃないかと期待して
劇場に足をはこんだのですが、
何を伝えたいのかがいまいちピンとこないなぁ、と自分の中で
消化不良状態でした。
ジャニスカさんのおかげで、その理由も理解できました。

これからもジャニスカさんの記事楽しみにしています。
ありがとうございました。

by misachi68 (2011-03-03 01:01) 

めい

ジャニスカさん、お返事ありがとうございました。
覚えていただけていたこと、うれしいです。

私、『夕凪の街 桜の国』のタイトルをまちがえていました。このタイトルに私の知らない意味があるのですね。ごめんなさい。

ジャニスカさんは言葉をとても大切にされているのを感じます。
言葉の意味がわかると、その大切さがわかりますね。
だから、自分がわからない時も人の言葉は大切にしなくてはならないように思いました。 この場所は、わたしにはとても貴重な学びの場です。

また、コメントさせていただきます。ありがとうございます。
by めい (2011-03-03 07:43) 

やすこ

ジャニスカさん、こんにちは。

本日2度目の観賞をしてきました。戦争映画というと「反戦」か「スペクタクル」(連合国の勝利)かという頭しかないもので、1度目の観賞では気持ちの置きどころが定まらず、もう一回観てきたわけです。

私の感じたことは、少しジャニスカさんとは違うところがあります。

まず、ジャニスカさんも書かれているとおり、この映画がとてもリアリティを持っていることに感心と安堵をおぼえました。帝国軍人が「命を大切に」と言うみたいな、あり得ない描写がなかったのは、よかったです。大場大尉も最初にジャングルで民間人と遭遇した時には、彼らを守ろうとはしません。軍人には軍人の務めがあり、民間人を守ったりしないのは当然です。私は原作本は読んでいないのですが、軍隊をしっかり描いているところに好感をもちました。
余談ですが、陸軍と海軍の敬礼の違いも、きちんと描写されていました。板尾創路さん演じる海軍少尉は、最後まで陸軍とは違う敬礼(肘がしまるのです)をしてました。酔った伯父から、陸軍と海軍の違いをよく聞かされたので…

当時の陸軍大尉にとっては「勝つために戦う」と「負けて自決する」以外に選択肢はなかった、というのが当時の状況だと思います。そして巷には「いっそ死ぬために戦おう」という熱狂的な雰囲気もありました。『葉隠』では「武士道とは見事に死ぬこと」とも言われています。大場大尉は冒頭から「死ぬために戦う」ことと一線を画しています。でも、彼も大尉ですからあくまで「勝つために戦い抜こう」と思っていて、「負けた時」のことは想定していないのではないでしょうか。「負けることはあり得ない」のが当時の建前ですから。

バンザイ攻撃の後、死体の中で生き残り、自分の中の「生きたい」思いに気付いた時。その気付きがあったから、赤ん坊に「生きろ」と呼びかけたのでしょう。(あのシーンも良くできてましたね。赤ん坊の家の中がゆっくり写る。そのおかげで、サイパンをよく知らない私たちにも、あの島に日本人の生活があったことが理解できます。)そしてジャングルでの民間人との出会い。いったんは彼らを守ることは断るけれど、民間人の野営地が空爆されて「生き抜くことが戦うことだ」と考えを変える。収容所の日本人との交流と本土空襲の事実を知ることで民間人を投降させる。木谷、堀内それぞれに象徴される軍人としての在り方。そして敗戦。
「負けた時どうするか」は、大場大尉の軍人としての心構えにはなかったはずなのです。せいぜい「自決」(生きて虜囚の辱めを受けず)ですが、その道は選ばない。玉砕命令を求めた尾藤さえ自決できない。「投降する」などと言ったら、後ろから撃たれる可能性もあったでしょう。そこで大場大尉が考えたのは上官からの命令だった。
草むらの中から1人で現れる大場大尉の姿は、この映画の名シーンのひとつですね。

ラストシーンで軍歌を歌いながら山を降りる大場隊の姿に私が感じたのは、「敗北を抱きしめ」る思いでした。「帝国軍人としての誇り」もあるのかもしれませんが、65年経って私たちが受け取るものがそれでは、やや寂しくはないですか?「帝国軍人」には「投降」はあり得ないのですから。
大場大尉は熱く「敗北を抱きしめて」、胸をはって「明日に向かって生きる」ことを選んだのだと思うのです。「この島で何もいいことはしていない」という言葉にも、それは表れていたと思います。

尚、大場大尉が軍刀を渡す場面には、音楽が(たぶんヴァイオリン)ついていたと思いますが、違うでしょうかね。
あと赤ん坊の場面での堀内の台詞は「甘い」ではなく「半端だ」だと思います。「赤い布のせいで、俺たちがやられるかもしれない。あんたのしていることは半端だ」と言っていたと思います。

最後の『椰子の実』も、私はよかったです。当時の南方在住日本人にとって、あの歌はとりわけ望郷の念をかきたてる曲だったそうです。全体に重厚な曲の流れる中、『桃太郎』や『椰子の実』は効果的でした。

というわけで、私は平山監督が本作のテーマをぼかした、とは思えなかったのですが、いかがでしょうか?
戦後の日本の歩みは「敗北を抱きしめ」たところから始まった、と思うのですが…。(「敗北を抱きしめて」以外の言葉がみつかればいいのですが、この言葉がぴったりなので使います)
by やすこ (2011-03-03 15:55) 

kim

はじめまして。私のブログへのコメありがとうございます。

レビューを読ませていただきましたが、精緻な評価に驚きました。
映画のパンフレットや専門誌の記事で載っていても、
十分通用するのではと思う内容ですね。

映画の方ですが、邦画の戦争物は、まず右寄り左寄りの評価をされるわけで、
スタンスの取り方がなかなか難しいのですが、
この映画も、大場大尉の話を美化するのか、反戦を訴えるのか、
そのバランスに悩んでいるような感じを受けました。
井上真央が演じる青野の存在というのも、実話の美化だけじゃなく
反戦の要素も入れておこうという意図を感じます。

その結果、戦争映画としては中途半端な印象が残ったのですが、
こういうのが日本の戦争映画なんだと、達観してもいいのかなとも。
「俺が正義だ。ヒャッハー!」と言いながら主人公が無双する映画は、
アメリカ人にでも作らせておけばいいんですよね。


by kim (2011-03-03 18:53) 

ジャニスカ

サンタさん、コメントありがとうございます!
戦後を生きている私たちは、あの戦争についての価値観だけ教えられて、
「事実」についてはほとんど教わってこなかったんだと思います。
竹野内豊さんがおっしゃっていましたが、
「サイパンの戦い」が教科書ではたった2行で説明されているにすぎないのが現実なんですね。
でも幸いなことにインターネットなどを通じて、手軽に事実を知ることができる時代になりました。
もちろん誤った情報が氾濫している可能性もあるので、自分で取捨選択しなければならないところもありますが、
意欲があれば誰でもあの戦争の中に無数にあった事実を知ることができます。
それぞれが事実を知った上で、あの戦争について考えなければならないと思います。

日本人のメンタリティーについてもこの映画の中で描かれていればよかったとは思いますが、
そこまで描くのは時間的にも、テーマ表現的にもちょっと困難だったかもしれません。
そのあたりのことは、本来我々が予備知識として持っていなければならないものなのかなとも思います。
私は「遺恨ありー最後の仇討ち」は観なかったのですが、
吉村昭氏の作品はまさに日本人の精神を表現したものが多いと思います。
私は時代小説が好きで、特に藤沢周平作品はほとんど網羅しているのですが、
それらで描かれているのはほぼ日本人が本来持っていたはずのメンタリティーだと思います。
竹野内さんの日本人のDNAのお話は、まったくその通りだと思っていて、
近年時代劇が積極的に映画化され、現代に生きる多くの日本人の共感を得ているのが何よりの証拠です。
機会がありましたら池宮彰一郎氏の「最後の忠臣蔵」をご覧になってみてください。
これは映画化もされました。日本人が本来持っていた心根の美しさを知ることができると思います。
その「心根の美しさ」は大場さんと奥様の手紙のやり取りからも同様に感じられるものだと思います。

学生時代はとっくの昔に終わりましたけど、
私たちはまだまだたくさんのことを学ばなければならないようです。
そういう気持ちにしてくれたこの映画に感謝しなければなりませんね。
またコメントお待ちしています!


by ジャニスカ (2011-03-03 22:02) 

ジャニスカ

misachi68さん、はじめまして。コメントありがとうございます(^^)。
本文で書いたことは言ってみれば「重箱の隅をつついている」に過ぎませんので、
どうかそれぞれが感じたことを一番大事にしていただきたいです。
この映画が描いていることからそれぞれが何を感じ取るかが重要だと思うので、
上ではちょっと勝手なことも言わせてもらっていますが(^^;、
技術的な観点は無視していただいてもかまわないと思っています。
改めて私もつくづく「いい映画だった」と感じています。

misachi68さんのブログもまだ一部ですが興味深く拝見させていただきました。
映画だけでなくドラマもたくさんご覧になられていますね(^^)。
「美しい隣人」は今クールで一番面白いドラマだと思っています。
「仲間由紀恵ちゃんが高知東生を蹴る!」これに尽きますね(^^;。
私も少ないですがドラマのレビューも書いております。よかったらそちらもご覧ください。
Twitterまでフォローしていただきまして、こちらこそこれからもよろしくお願いします。(=´ー`)ノ 

by ジャニスカ (2011-03-03 22:05) 

ジャニスカ

めいさんのことはよーく覚えているんです。
私は昔から一つ一つの言葉を大事にして美しい文章を書きたいと思ってきました。
日本語というのは同じ事を表現するのでも何通りもの表現方法があります。
単語選びもそうですし、語順、語尾といった細かい部分に気を配ることで、
微妙なニュアンスを伝えたりあるいは全部伝えずに相手に想像してもらったりできるのが日本語だと思います。
でも、美しい日本語を話したり、書いたりすることで伝えられることがある一方で、
実はもっと大事な「人間の感情」という部分は、本当にそれがこもっていなければ伝わらないものだと思います。
めいさんが「流れ星」のコメントで書いてくださった感謝の言葉にはしっかりと感情が乗っていました。
だから本当にうれしかったんです。

私ももっと気持ちを乗せた文章を書きたいと思っているのですが、
あまり感情がこもらないが私の文章なんですね(^^;。これは私の性格も多分に関係しています。

めいさんにも日本語が本来持っている響きの美しさや表現の美しさを知っていただきたいですが、
それ以上にそのときの気持ちを大事にしていただきたいです。
気持ちがあればちゃんと伝わるし、それができるのも日本語の魅力だと思います。
このコメント欄は美しい日本語を使わなければならないものではありませんので、
また気軽にコメントくださいませ。。。(=´ー`)ノ

by ジャニスカ (2011-03-03 22:08) 

ジャニスカ

やすこさん、こんにちは。またまたコメントありがとうございます(^^)。
「敗北を抱きしめて」はすばらしい解釈だと思います。
私にはあのシーンでの大場大尉の気持ちは想像もできませんでした。
おっしゃられるようにそこまで汲み取れれば平山監督がテーマをぼかしたということにはなりませんね。
もっともっとあの戦争のことや日本人のことを学ばなければならないことを痛感しました。
ただ上記本文で書いたことは、あくまでも映画制作上の技術的な観点であることにもご留意ください。
私はこの映画が表現していることやテーマといったものはすばらしいものだと思います。
私はまだ再度映画館に足を運べていませんので、誤った記憶で書いてしまった部分もありました。
もう一度観なければならないと思います。

布切れを結ぶシーンについては、私は映画を鑑賞するにあたって、
ひとつの見方に捉われずに、いろんな視点からそれぞれのシーンを観ることによって、
映画というものはとても奥深いものになるということをお伝えしたかったです。
やすこさんもどうかあのシーンについての解釈をひとつに決め付けないでいただきたいです。
その意味では私はこの映画を「反戦映画ではない」という前提で解釈してしまった部分があって、
だから「敗北を抱きしめて」というところに辿り着けなかったんだと思います。
もっと視野を広げて映画に対して臨まなければならないと私自身反省しております。

やすこさんの映画の見方もぜひまた教えてください!
他の映画についてはコメントお待ちしています。。。。

by ジャニスカ (2011-03-03 22:09) 

ジャニスカ

kimさん、nice!&コメントありがとうございます!
私の文章をお褒めいただき素直にうれしいです(^^)。
ただお恥ずかしながら的外れなこともたくさん書いております、、、、

私もこの映画には確実にバランス感覚が働いていると思います。
そういう価値観から抜け出したところで戦争映画を作れないものかと思いますが、
まだ時期尚早なんでしょうか。

確かに「俺が正義だ。ヒャッハー!」はアメリカ人の領分ですね(^^;。『ウィンドトーカーズ』みたいな、、、
逆にそれを嫌悪するのが日本人。その意味では日本人ならではの戦争映画を作れるはずですよね。
これは戦争映画に限ったことではありませんが、
今度は日本人が日本人のことを正攻法で描いた映画を作って欲しいと思います。

by ジャニスカ (2011-03-03 22:10) 

やすこ

ジャニスカさん 早速温かいお返事をありがとうございます。

私は「すべての戦争映画は突き詰めれば反戦映画だ」と考えています。(人類はもう、それくらいの地点に到達しているのではないでしょうか)その上で、『太平洋の奇跡』は日本の戦争映画の新しい可能性を拓いたようにも思うのです。一緒に観に行った母は(小学生で敗戦を迎えたのですが)、「あの時代にこんな大尉がいたということが奇跡だと思う」と言っていました。沖縄戦では日本軍は民間人にあんな風にはしなかったと聞いています。大場大尉は、陸軍大尉としては例外だった、ということも覚えておかねばならないと思います。
投降する大場隊の姿に「日本人としての矜持」があるとは、私も思います。負けたからと言ってGIVE ME CHOCOLATE になるのはいかがなものか、と私も考えますから。(お腹が空いて手を出した当時の子どもたちを批判する気はもちろんありません)ただ、そこから一歩進んで「敗北を抱きしめ」た我が先人たちの思いを受け継ぎたい。それこそが「戦争で亡くなった日本人の魂」なのではないか、と思っています。

大好きな竹野内豊さんがこの映画に出てくれて、本当によかった。

それにしても、わかっていたことですが戦中の日本人は「世界の困ったちゃん」だったわけですよね。敗残兵になっても向かってくる日本兵は、理解不能な恐ろしい存在だったことでしょう。

他の映画ということで一つだけ…『夕凪の街 桜の国』は原作も映画も私は大好きです。日本の戦争の時代と現代を繋ぐ、素晴らしい作品です。ジャニスカさんの評も、私は大好きです。

「ひとつの見方に捉われず」…本当にそうですね。10年後には『太平洋の奇跡』に対しても別の見方をしているかもしれません。観るたびに新しい発見がある作品こそ、汲めども尽きぬ素晴らしい作品なのでしょうし…。

それではジャニスカさん、またお邪魔させていただきます。
by やすこ (2011-03-03 23:29) 

ジャニスカ

私は当時の日本を「世界の困ったちゃんだった」で片付けるのは納得できません。
外国人がそう考えるのは仕方がないことだとは思いますが、
戦後の日本人はそういう世界中の認識に盲従してまったからこそ
日本人であることに誇りを持てなくなった、というよりも日本人の誇りを否定し、
結果的に大場大尉のような日本人の存在を抹殺してしまったのではないでしょうか。
繰り返しになりますが、この映画の原作が
アメリカ人の手によるものであることの意味をもっと考えなければなりません。
ドン・ジョーンズさんがいなかったら、
我々日本人はこの物語を知らずにいたのかもしれないと思うと、こんなに怖いことはありません。
私は戦争映画の到達点が反戦映画だとは思っていません。
戦争映画が伝えるべきことを「反戦」に限定してしまうのは私はむしろ危険だと思っています。
日本人にとってもはや「反戦」は当たり前の概念になってしまっています。
そのことをもって到達点としていいのでしょうか。
以前にも書きましたが「反戦」という言葉で戦争を理解しようとすると、
見失ってしまうものがあるような気がします。
なぜ反戦なのかは、個々の事実を知ることで辿り着けるものだと思います。
埋もれてしまっている事実はまだまだたくさんあるはずです。
反戦を到達点にしてしまったら、もう「事実」にも到達できなくなると思います。

日本人が当時の日本を「困ったちゃん」と捉える考え方は紛れもなく自虐史観です。
「敗北を抱きしめて」がそれに基づくものだとすれば、
申し訳ありませんが私にはその解釈は受け入れられません。
私がこの映画は反戦映画ではないと申し上げた理由がご理解いただけていなかったのも残念です。
もしまだその意味を汲み取ろうとしてくださるのなら、
改めてプレビュー記事からコメント欄も含めて丁寧に読み直して欲しいと思います。
もちろんこれは信条に関わることですので強要するものではありません。
私は自由主義史観に対して一定の評価をしていますし、
少なくとも現行の歴史教科書は作り変えられるべきだと考えています。
私は教育学部出身ですのでこういう物言いをしております。ご了承ください。

by ジャニスカ (2011-03-04 08:38) 

こめっこ

ジャニスカさん こんな私にレスありがとうございました。畏れ多い気がしてしまいます。

この映画の一番伝えたかったことはなんだろう・・。「日本人としての誇り」?
もちろんそうなのだろうと思います。でも、本当にそこかな~?と思っている自分もいます。ダイレクトに「誇り」がメッセージなら、もう少し別のエピソードや表現方法を選択したような気がしてならないのです。

気が付いた時には豊かな生活があり、バブル世代で何も考えなくても大人になれた私は、「日本人の誇り」なんて考えたこともありませんでした。
これは、戦争を戦ってきた世代の方たちが「日本人としての誇り」もしくは「自信」を捨てさせられてしまい、そして誇りを捨てさせられてしまった祖父・親そして社会に育てられた世代だからなのかとも思います。戦後、自分たちが正しいと思ってきた価値観は崩れ、戦争の話題は避け、生き残ったことを詫び、後悔し、生きてきた世代。もちろん、その世代の方のせいではありません。あの世代の方々に「日本人としての誇り」があったからこその、戦後復興、高度経済成長だと思いますし、そもそも私のような人間がそれに気が付けなかっただけですし。
しかし、現在のわが子たちは、多くのお年寄りが学校にきて、昔の話や戦争の話をしてくださいますが、我々が子供の時は、戦争に関する授業や誰かに話を聞く授業もなかったように思います。今思えばまるで、戦争なんてなかったかのような扱いでした。

監督が「戦争を知らない世代だけで作った初めての作品だからこそ意味がある。」と言われていたのを聞いたとき、その意味がよくわかりませんでした。体験した人が入って作った方が意味あるにきまっているのではないかと思いました。
大場隊47名のうちのたった一人生存されている新倉さんが、「家族がこの映画を見て、とうちゃんえらかったんだね~とはじめて言ってくれた。」と話されていました。65年経ってやっと認められたんですね。
「先人への敬意」「兵士たちへのレクイエム」・・・。
これが、根底にあるのではないかという気がしたのです。
戦争を知らない世代だけで作ったからこそ、戦争を生きた方々への「弔いや感謝」になるのではないかと。
戦争を体験された多くのお年寄りが嗚咽されながら映画を見ていらっしゃると聞きます。
もしかすると、新倉さんと同じ思いを抱いているのかもしれないと思いました。
私たちが日本を誇りに思うためには、戦争の世代を生きた方々が自分たちのことを誇りに思わないと始まらないのではないかと感じました。
きっと新倉さんは今、その家族の言葉によって戦争の時代を生きた自分の人生を誇りに思ってくださっているのではないかと思いました。

この映画は戦争世代の方々には「捨てさせられた日本人としての誇り」をそして若い世代には「先人への敬意」をそしてそこから繋がる「日本人の魂」を伝えたかったのではないかと感じました。

私は、終戦記念日に手を合わせたこともなければ、本音では法事や墓参りなんて時間の無駄だよねと思っていたり、たとえ形だけ手を合わせても心の中ではペロッと舌を出していたり・・。だからそんな見方をしてしまったのかもしれません。自分が無知すぎて、「誇り」を理解するレベルまで達していないというか・・。
私はあまりに薄情な日本人で、でも本当はそれを自覚し、心から手を合わせる意味を教えてほしいと感じていました。自分が納得できなければ、その思いを子供に伝えることはできません。でもこの映画が自分の心を納得させてくれました。「しっかりしろ!」と言われた気がしました。

竹野内さんが舞台挨拶で「どうか尊ぶという気持ちを忘れないでほしい。」と話された言葉、やっとわかった気がします。これからは、心から手を合わせお参りできる気がします。
そして、本当の「敬意と感謝」を感じた今こそ「日本人としての誇り」を目覚めさせる時だなと思いました。

by こめっこ (2011-03-04 17:17) 

やすこ

ジャニスカさん 再度のお返事ありがとうございます。

誤解?をいくつか…

私は「戦中の日本人」は「困ったちゃんだった」と書きました。「戦中の日本」ではありません。誇り高く投降するという選択肢を持たずに(持たされずに)玉砕する日本兵は、西洋的な合理主義では理解できなかっただろう、と言いたかったのです。
それを「自虐史観」と言われてしまうのは大変残念です。戦場における兵士対兵士の感じ方を言いたかっただけなのですが…

もうひとつ、私は「反戦」に「到達している」とは書きましたが、「反戦が到達点」とは書いておりません。反戦が到達点ならば、この映画は必要なかったでしょう。(ジャニスカさんが、「個々の事実を知ることで辿り着ける」と書いておられるのと同じことです)

ここを論争の場みたいにするのは、ジャニスカさんにも失礼だと思いましたが、以上2点のみ書き込ませていただきます。

では、また。
by やすこ (2011-03-04 17:21) 

ジャニスカ

正直申し上げてやすこさんが書かれたことに私は頭に血が上る想いでした。
「戦中の日本人が困ったちゃん」ならなおのことです。
私自身もこうやって繰り返し書かなければならないことも嫌悪です。
これは客観的な視点でおっしゃられたのかもしれませんが、
だとしても、現代に生きる日本人が、祖国のため、家族を守るために
命を賭して戦ってくれた先人をそのように言うのはちょっと許せません。
彼らは我々が現実に生きている平和な日本の礎となってくれたのです。
彼らを表現する言葉として「困ったちゃん」なんて言葉は使わないでください。
私は大場栄大尉をはじめとして、あの戦争を戦ってくれた名もなき兵士たちに敬意を払っています。
あなたたちのおかげで65年後に平和な日本があります。ありがとうございます。と言いたいです。


by ジャニスカ (2011-03-04 18:58) 

ジャニスカ

こめっこさん、丁寧なコメントありがとうございます。
こめっこさんが書かれたことは、この映画を観た人が辿り着くべき到達点にかなり近いような気がしています。
私が本文で書いたことはあくまでも映画レビューですので、その中で表現されたことについて書いています。
その先にある(なければならない)ものを書いてくれたのがこめっこさんだと思っています。
私はここに答えがあると思います。お許しいただけるなら、
本文に転載してもっと多くの人に読んでもらいたい文章です。
私自身たくさんことを気づかせてもらいました。感謝します。。。(涙)

by ジャニスカ (2011-03-04 18:58) 

ぴっぴ

初めましてジャニスカさん、ぴっぴと申します。
いつも楽しく拝見させて頂いておりました(^^)
太平洋の奇跡のレビューが素晴らしすぎて、思わずコメントさせて頂いております。
私はまだ1回しか見ておりませんでしたが、ジャニスカさんのレビューを読んで「もう一度見なければ!」と決意を新たに致しました。
大場隊が歩兵の本領を歌いながら山から下りてくるシーン、大場大尉が軍刀を差し出すシーンに涙しました。
しかし、それが竹野内さんファンだからか、映画宣伝の様々な番組を見て感動するシーンだとあらかじめ考えていたからなのか、正直わかりません。
ですからもう一度(いや、もう2回も3回も見なければいけないかも^^;)観てたしかめたいと思います。
私的には、軍刀を差し出すシーンは音をつけずに「厳か」に演出しているのだと思いましたが、それも含めもう一度観ます。
この映画を女性に勧めると皆「戦争映画だから、、」と言って拒絶されます。
思っていたより戦争アレルギーがある人が多いです。
おの時代に何が起こったのか、戦争の中を生きた人たちがどうやって今の日本の礎を築いていったのか、私たちは知るべきです。そして改めて戦後の教育について考えるべきだと思います。
大場大尉を演じられた竹野内さんが「あの頃の強い精神性は今の時代に必要とされていないだけで、私たちの遺伝子の中にはあると感じた」とおっしゃっていました。
あの時代の方の精神性を美化することは、日本軍を美化すること、と間違った解釈をされる方がいる中で、この発言はとても意味のあるものだと思いました。
長々と申し訳ありません~またお邪魔させて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します。
by ぴっぴ (2011-03-04 19:22) 

こめっこ

ジャニスカさん 
ジャニスカさんにそのように言っていただけるなんて光栄です。
こんな情けない私の稚拙な文章で良ければ転載していただいて構いません。

戦争を(日本人の魂を)教えられることのなかった世代の私ですが、子どもたちに「日本」を教えられるようにもう一度学び、あの世代の方々の思いを感じ汲み取っていかなければならないと思いました。
小学生のわが子たちと鑑賞しましたが、「教える」なんてとんでもなくて、今やっとスタートラインに近づけたかな(まだ立ってないです)・・くらいですけど。

日本が自信を取り戻し、日本に住むすべての人が胸を張って正々堂々と生きていけますように・・。

by こめっこ (2011-03-04 21:35) 

サンタ

 映画が公開されてもうじきひとつきになりますね。 じんわりと長く多くの人達に見てもらえるような流れになっているようですね。 派手ではないけれど広い年齢層に受け入れられている結果ではないでしょうか。 出来れば若い世代の人達や女性にも、もっと劇場へ足を運んで欲しいですね。 もうじきもしかしたら私も命を失ったかもしれない東京大空襲の3月10日がやってきます。

 先日竹野内さんが公開寸前に会われた47人中唯一ご存命の新倉さんのお宅を訪問して観客動員110万人突破のご報告をされたそうです。 心のこもった手打ちソバをご馳走になって、更に沢山の方にサイパンでのことを知ってほしいと話されたそうです。

 映画を作りっぱなしにせず、きちんと礼儀を尽くす、こういう思いがこの映画の根底にあるのだなあと改めて思いました。

 国会中継を見るたびに、この中の何人がこの映画を見たかしら、と言う思いになります。
子供が見ても醜い他人の揚げ足取り、不毛な言い合いを見せられると竹野内さんの話された「日本人の誇り高いDNAよ目覚めよ!」と思うのです。

 「最後の忠臣蔵」は是非見てみます。 池宮彰一郎さんの原作も読みたくなりました。

by サンタ (2011-03-05 11:01) 

たこやきおやじ

ジャニスカさん、nice有難うございました。
「太平洋の奇跡」のこちらのブログを拝見しまして、ジャニスカさんの書かれていることには感心させられました。
戦争の歴史を冷静に客観的とらえられており、また深い理解をされていると思いました。さらに、映画の評論としても優れた内容だと思います。
今後も、拝見させて頂きます。(^^;
by たこやきおやじ (2011-03-05 12:20) 

ジャニスカ

ぴっぴさん、はじめまして!いつもご来訪ありがとうございます(^^)。
大場大尉が軍刀を差し出すシーンには音が付いているそうです。
ちゃんと確認して書けばよかったんですけど、すいません、、、
ただ、少なくとも監督はあのシーンで積極的に何かを表現することを避けたのは確かなような気がしています。
私はそのことを表現上、間違っていると言っているのではありません。
あくまでも映画としてのクオリティに関わる問題であって、
それによって観客が何かを感じ取れるのならこういう表現方法もあっていいと思います。
一方で映画監督ならば自信を持って「こう感じて欲しい」という主張を感じさせて欲しかったとも思っています。
あのシーンには何らかの主張が込められていたのかもしれませんが残念ながら私の心には届きませんでした。
だからと言って、我々はあのシーンから何かを感じ取ろうとする姿勢を失ってはならないと思います。
平山監督は我々の想像力に委ねたのかもしれませんから。
もう一度ご覧になられるときはこのシーンに限らず、
すべてのシーンに込められているメッセージをできるだけ汲み取ろうと、
積極的にスクリーンに向き合って欲しいと思います。

わが国に「戦争アレルギー」は確実に存在しています。
それはあの戦争について「日本は悪いことをした」としか捉えていないからだと思います。
それも当然のことで、戦後の歴史教育があの戦争についてひとつの側面からしか教えていないのです。
戦争アレルギーの人たちには、
あの戦争を信念を持って戦ってくれた日本人がいたということを教えてあげてください。
難しいかもしれませんが、この映画について具体的に教えてあげれば興味を持ってもらえるかもしれません。
ざっくりと「戦争」と捉えるのではなくて、ひとつひとつの事実に目を向けることが重要だと思います。

竹野内さんは、素晴らしいことをお話されたんですね。
そういう意識で演じておられたのかと思うと竹野内さんのお芝居にさらなる奥行きを感じずにはいられません。
「日本人の強い精神性」は日本の長い歴史の中で連綿と培われてきたものだと思います。
それはあの戦争までは確実に存在していました。それがたった65年で失われるはずはありませんよね。
竹野内さんは大場大尉を演じる中で、それが沸々と蘇って来るのを実感したんだと思います。
私も改めて竹野内さんのお芝居を丹念に見て「日本人の強い精神性」を蘇らせなければなりません。
またコメントお寄せください。( ´ ▽ ` )ノ

by ジャニスカ (2011-03-05 23:06) 

ジャニスカ

こめっこさん、ありがとうございます。
こめっこさんが書かれた文章を私のブログの新しい記事として近いうちに転載させていただきたいと思います。
その際、改行など若干の修正を加えさせていただくかもしれません。何卒よろしくお願いします。

お子様とご覧になられたんですね(^^)。
ちょっと難しい内容だったかもしれませんが、何かを感じてくれていればいいですね。
日本人に生まれたことを誇りに思えれば、
広い視野で積極的に世の中に関わっていけるお子様に育つと思います。
私たちは大場大尉たちの魂を子供の世代に橋渡しできる大人でありたいですね。。。

by ジャニスカ (2011-03-05 23:09) 

ジャニスカ

サンタさん、こんにちは~。
そうでしたか、竹野内豊さんにとっては思い入れの強い作品になったのではないでしょうか。
私は、来年の日本アカデミー賞で優秀主演男優賞を受賞されるのは確実だと思っています。
来年の今頃もう一度この作品が注目されればいいですね。ちょっと気が早いですか・・・(^_^;
我々も作り手の想いに答えて、この映画を語り継いでいかなければなりませんね。

私は浅草に住んでいたことがあるのですが、
両国方面に用があるときは必ず横網町公園に立ち寄って慰霊堂に手を合わせるようにしていました。
資料館が併設されているんですけど、来場者は年配の方が多くて、若い人の姿はほとんどありません。
この地は関東大震災では数千人が火災で亡くなって、東京大空襲では数千人が仮埋葬されたそうです。
都会の中にあって、そんなことを意識している人はほとんどいないんでしょうね。
果たして「平和」とはそういうことなんでしょうか。
サイパンの戦いも含めて、あの戦争について知っておかなければならないことは、
実は身近にもたくさんあるのかもしれません。

私も先日国会中継を見て同じことを思いました。
これが我々が享受している「平和な日本」の現実であり、縮図なのかもしれません。
日本人は平和と引き換えに失ってしまったものがあるようです。
我々は「平和の質」を考える時期に来ているのではないでしょうか。

by ジャニスカ (2011-03-05 23:11) 

ジャニスカ

たこやきおやじさん、こちらこそnice!ありがとうございます(^^)
お褒めの言葉、本当にうれしいです!
私は学生時代から教科としての日本史が大好きだったのですが、
実感として、本当の意味での「日本の歴史」が理解できるようになってきたのはごく最近のことです。
教科としての日本史が「体制の論理」でしか説明されていないことを知ったときは本当にショックでした。
それを無自覚に知識として蓄えている日本人が現実にどれだけいることでしょう。
歴史は大場栄大尉のような日本人にもっともっとスポットライトを当てなければならないと思います。
そして、私たちは学び続けなければなりません。
またのご来訪お待ちしています!

by ジャニスカ (2011-03-05 23:13) 

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