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桜田門外ノ変 [映画レビュー]

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 (C)2010 『桜田門外ノ変』製作委員会

『 桜田門外ノ変 』
( 2010年 東映 137分 )
監督:佐藤純彌 脚本:江良至、佐藤純彌 出演:大沢たかお、長谷川京子、伊武雅刀、北大路欣也
          Official Wikipedia / Kinejun          

「桜田門外の変」は、史実の上でも人間ドラマの宝庫であり、これを題材とした著作物が決して多くはないことを一昨年の大河ドラマ『篤姫』を見てからというもの、不思議に思っていたところですが、その矢先に映画化されるという話を聞いて、本作についてはかなり早い段階から注目していました。鑑賞前は、本作を手がけるのが佐藤純彌監督というところに一抹の不安を抱いておりましたが、本作に対する「期待」は、ほとんどその部分だけが的中してしまったと言っていいでしょう。

本作をエンタテインメント作品に仕上げようとするならば、言うまでもなく井伊直弼暗殺の事件描写を終盤に持ってきてクライマックスとするべきであり、それをしなかったということは本作のテーマがあくまでも襲撃を画策・実行した尊攘派志士たちがたどった末路を描く人間ドラマを軸にしていたということになると思います。これは原作をみても、そもそも規定路線だったということになると思いますが、それならば水戸藩尊攘派志士たちの行動のバックボーンとなる水戸学や弘道館の存在に言及するべきであり、彼らがよりどころとした思想というものが如何なるものなのかが曖昧なうちは、彼らの悲観的末路に感情移入することは、ほとんど困難ということになるでしょう。

それにも関らず、本作の冒頭は、なんと「アヘン戦争」の説明から始まり、序盤は大老・井伊直弼(伊武雅刀)が開国路線を強行しなければならなかった理由を説明する描写に終始しています。つまり、本作は「反体制」に位置する水戸藩尊攘派志士たちを中心に描くことを宣言しておきながら、序盤の説明的描写は「体制側の論理」に終始しており、中心となるべき志士たちの人間ドラマのバックボーンともなる「思想」にはほとんど言及することはありません。この体制側の論理は、高校の歴史教科書に載っているレベルのもので、「桜田門外の変」という史実描写を際立たせるためには大いに役立っていたと思いますが、本作がその大半を割く水戸藩尊攘派志士たちの人間ドラマを盛り上げるためにはほとんど用を成していません。

水戸藩尊攘派志士たちがよりどころとする思想を表現する描写と言えば、徳川斉昭(北大路欣也)が「尊皇攘夷」という墨書きをするシーンのみであり、これでは井伊大老暗殺が藩主・斉昭の考え方を体現したものということになり、これはきわめて乱暴な描写と言わざるを得ません。そもそも水戸藩の尊皇思想は徳川光圀の「大日本史」編纂に始まる伝統的思想であり、水戸藩が御三家の中にあって異端的存在であることに触れずして、水戸藩に倒幕思想が生まれた理由、すなわち、関鉄之介(大沢たかお)たちが大老暗殺を企て、京都で挙兵しようとした動機を理解することは困難でしょう。彼らが大老を暗殺した「動機」と「志」を観客に深く理解してもらう努力を怠っておいて、志半ばで斃れていく志士たちを見て感動してもらおうというのは虫のいい話であり、終盤にかけて今ひとつ盛り上がりきれないのは、彼らがよりどころとする思想にほとんど言及しなかった「つけ」ということになると思います。

さて、そのような「体制側」の史実描写にあたっては、1980年代初頭の『二百三高地』や『大日本帝国』のような歴史大作映画を見ているかのような古臭い演出がやたらと目立ってしまいました。アヘン戦争を説明する極東の地図から始まる冒頭がその最たるものですが、「歴史」を強調するような大仰なナレーションや音楽、あるいはタイトル出しのカットで雪の上に血のりを撒くという発想も時代錯誤と言わざるを得ません。そのタイトルカットは、カメラが現代の国会議事堂から桜田門にパンして、幕末にオーバーラップするカットになっているわけですが、1カットで現代と過去をつなぐような演出はストーリーを「大げさに盛る」ような役割を果たしています。さらにラストはこの逆のカット(=桜田門のカットが現代にオーバーラップして国会議事堂へパンする)でまとめようとしており、結局、本作は「歴史」にこだわって、人間ドラマを蔑(ないがし)ろにした作品だったということを確認することになりました。

もう少し具体的に本作の演出面を掘り下げてみます。志半ばで命を落としていった志士たちの最期を盛り上げる演出なのか、「金子孫二郎 斬首 享年57」というような文字スーパーを事件に関与した志士ひとりひとりに対して当てることにこだわっていたようですが、終盤、捕縛された志士たちに処刑が言い渡されたシーンで、11人がひとりずつ順番に引っ立てられる様子を1カットで数分間にわたって見せられたのには閉口してしまいました。しかも二人目の方が草履の片方をうまく履けずにはけてしまったので、最後まで草履がござの上に放置されてしまっており、その後の役者さんがうまく草履を履けるのかが気になってしまってとても感情移入できませんでした。単純にリテイクするべきでしょう。細かいことを言うようですが、これが数分間にわたって見せる絵であることを考えればとても重要なことです。

そして、このシーンでは引っ立てられる志士たちが一様に沙汰を言い渡した役人をにらみつけるというお芝居をしているわけですが、ここにはどのような感情が込められているのでしょうか。彼らは挙兵はならなかったものの、大老の暗殺には成功しているわけだし、もとより死を覚悟してこの大業に臨んだはずです。彼らがやってのけたことは、目の前の役人をにらみつけて抗議の意を示すようなちっぽけな行為とはどう考えても釣り合いが取れないような気がします。彼らは事ここに至っては、胸を張りこそすれ、卑屈になる必要はないわけで、これは志士たちの感情を表面的に掬い取ったに過ぎないきわめて安易な演出と言わざるを得ません。

そのような安易な演出が集約されたシーンをもうひとつ挙げておきます。事件後、関鉄之介は幕府と水戸藩から追われる身となり、水戸城下にある関の屋敷にも探索が入ります。役人に部屋を荒らされる様子を妻・ふさ(長谷川京子)と息子・誠一郎(加藤清史郎)が夫と父の行く末を想いながら見守るというシーンは、おそらく中盤の「泣かせポイント」という位置づけだったと思います。人目をはばからず涙を落とす誠一郎に対して、ふさが、

「お父上にはお考えがあってのこと、泣いてはなりませぬ」

と声をかけると、自分も堰を切ったように涙を落とします。それを見た誠一郎が母に対してそっくり同じ言葉をかけて、二人で肩を寄せ合ってさらに泣き始めるというのがこのシーンの概要ですが、これが見事に泣けないんですな。「泣いてはなりませぬ」と言いながら泣いてしまうというところに感動を生み出そうとしたんだと思いますが、二人して泣いてはいけません。

そもそも武家に生まれた男子が、子供とは言え人前で涙を流すなどということはあってはならないことで、ましてや彼はあの関鉄之介の長子なわけです。その場の雰囲気に気圧されて泣いてしまったとしても、たとえば母の言葉を受けて強かった父を思い出し、気丈に振舞うというような描き方にして、小さいながらも自分が母を守らなければならないという自我が芽生えた瞬間を切り取るというような緻密な演出を施してほしかったところです。このシーンでは、誠一郎が涙を堪(こら)えるというところにこそ、感動が生まれるべきであり、監督が役者さんに対してただ単に「泣いてください」というきわめて大雑把な演出を施しているようにしか見えませんでした。また、台詞に気持ちがこもらない女優さんと「子役」の域を脱しないお子様のお芝居、そして「泣け泣け」と言わんばかりの大げさな劇伴にもげんなりしていしまいました。「泣いてはなりませぬ」と言う台詞は観客に向けられたものでしょうか、という皮肉も言いたくなるほどの酷いシーンでした。

本作の演出面を振り返ると、非常に「大味」な印象であり、やはり70~80年代の大作映画を彷彿とさせる繊細さのかけらもない演出は、近年の日本映画の潮流とは逆行しているとしか思えません。役者が涙を流せば、観客も泣くと考えるのは大間違いです。映画ファンの目は確実に肥えてきているのですから、製作者にもこれに対応した進化をしてもらわなければ困ります。

この映画の最大の見所は、やはり序盤の井伊大老暗殺の事件描写ということになるでしょう。その成功に大きく貢献したのはオープンセットの存在であって、この映画の製作に熱い想いを持って協賛した地元有志の方々には最大級の敬意を表したいと思います。しかし、残念ながら監督をはじめとした直接的な製作者に対してそれ以上の賛辞を贈ることは到底できない、というのが正直な感想です。

総合評価 ★★☆☆☆
 物語 ★★☆☆☆
 配役 ★★★☆☆
 演出 ☆☆☆☆
 映像 ★★☆☆☆
 音楽 ★★☆☆☆


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コメント 2

えりあ

私が「感じたけれど上手く言葉にできなかったこと」を、ここで読むことができました。
とてもすっきりしました。ありがとうございます!
by えりあ (2010-11-01 11:01) 

ジャニスカ

えりあさん、ご来訪およびnice!&コメントありがとうございます!

えりあさんの感想を読ませていただきまして、
ぜひ私のレビューを読んでいただきたいと思いました。
感想を共感できて嬉しく思っています(^^)。

国会議事堂に始まり、国会議事堂に終わるって、おかしな映画ですよね、、、(^^;

by ジャニスカ (2010-11-01 19:04) 

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