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風が強く吹いている [映画レビュー]

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『風が強く吹いている』
(2009年 松竹 133分)
監督・脚本:大森寿美男 主演:小出恵介、林遣都
          Official Wikipedia / Kinejun          

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(C) 2009 「風が強く吹いている」製作委員会 

私が脚本家としての大森寿美男監督の存在をはっきりと認識した作品は、原作に忠実な映像化に成功したテレビドラマ『クライマーズ・ハイ』(2005年 NHK)でした。おそらくこの作品が高く評価されて、その後は大河ドラマ『風林火山』(2007年 NHK)を執筆するなど、脚本家としてはメジャーな地位を確立しました。『クライマーズ・ハイ』では、時代の空気感や登場人物の息遣いといった作品の世界観を的確に描き出していたし、『風林火山』は近年の大河ドラマとしては最も正統派の作品に仕上がっており、大森脚本の特徴は、徹底的な取材に基づいた「リアリズム」の表現にあるような気がしています。

初監督作品となる本作においても、そのストーリーの根幹は、意図的に仕組まれたドラマというよりも、あるがままのリアリティから生まれてくるドラマであって、「駅伝」という素材が本来持っているリアルなドラマ性を引き出し、見事に再現することに成功しています。そして、本作におけるリアリズムの表現は、脚本のみならず、映像表現や細部の演出にも確実に息づいており、大森寿美男監督は映画監督となってもそのポリシーを見失うことなく、真摯に箱根駅伝という題材に向き合い、その魅力を的確に表現していきます。

私が最も驚いたのは、大森監督の「絵作り」のうまさで、とても初監督作品とは思えませんでした。本作が映像表現上、最も注力しなければならなかったものは、「走る」という行為の美しさと「真実」をいかに表現するかということだったと思います。そして、監督がそのことを重視していることは、本作のファーストカットに十二分に込められていたと思います。以前にも触れましたが、私は映画のファーストカットというものは、その作品の「顔」ともなる重要な表現だと考えていて、できればそこから何らかの作り手の意思を感じ取りたいと思っています。朝焼けに向かって走り出すランナーの後姿を捉える本作のファーストカットには、人間の「走る」という行為が持つ美しさや崇高さのようなものまでが表現されており、この最初のシーンは、本編で描かれていくことになる、走ることに魅せられた登場人物たちの心情や行動に大前提となるものを付与しています。

また、リアリズムという観点から「走る」という行為についての表現を掘り下げてみると、作り手は長距離ランナーのスピード感を表現することを重視しており、そこにはある明確な意図が存在していると感じました。私も沿道で箱根駅伝を応援したことがありますが、生で見ると彼らが信じられないようなスピードで走っていることに気がつきます。監督が意図したものは、あのリアルなスピード感を映像に刻み付けることだったに違いありません。

映像表現というものは、良くも悪くもごまかしが利くものであり、実際に速く走らなくても速く走っているように見せる方法はあるし、時にはその方が効果的な場合もあります。具体的に言えば、今テレビドラマで流行りの短いカットを繋いでいく方法がありますが、例えば、必死で走るランナーの正面顔寄りのカットと速い回転で走る足元のカットを交互に繋ぐだけでランナーが速く走っていることを表現できてしまいます。しかし、そのような表現は単に「速く走っていること」を表現できても、沿道の観衆が感じるような「客観的なスピード感」を表現することはできません。

本編の映像においては、そのような技巧に走った「小細工」が皆無であったところに私は好感を持っています。ランナーを捉える映像のほとんどは望遠レンズを使用したロングショットで成立しており、背景を速く飛ばす工夫がなされています。同時に被写体の手前に主に観衆などの静止物を映し込むことによって、そこに相対的なスピード差を生み出し、リアルなスピード感を映像に刻み付けることに成功しています。

そして、そのような小細工なしの映像表現では、当然のことですが、役者さんにもそれ相応のお芝居が要求されます。ロングのワンカットでは、ランニングフォーム(姿勢)や息遣いなどがそのまま画面に映り込むため、それは役者さんにとってはそれこそ「ごまかし」が利かない撮影手法と言えるでしょう。そのあたりの役者さん役作りの苦労というものは、スクリーンからは汲み取れないものだし、それを観客に感じさせないのが彼らの仕事ですが、小出恵介君以下の俳優陣の影の努力には敬意を払いたいところです。

特に「天才ランナー」を演じた林遣都君は、その役柄に相応しい説得力のある役作りが要求されたと思いますが、監督が意図したリアリズムの表現に大きく貢献していました。『バッテリー』(2007年 東宝)の天才野球少年に始まって、『DIVE!!』(2008年 角川映画)の高飛び込みのダイバー、『ラブファイト』(2008年 東映)のボクサー、そして、本作の天才ランナーまで、それらの表現力の下地には彼の運動神経の良さが存在していることは容易に想像がつきますが、それよりも俳優としての稀有な才能とその計り知れないポテンシャルを認めずにはいられません。

2010051502.jpg他にも「絵作り」という視点で本作の映像表現を捉えると、高地トレーニングの空撮には「走る」という行為をあらゆる角度からあらゆる手法で徹底的に捉えてみたいという監督のこだわりのようなものを感じたし、立川駐屯地で行われる予選会のスタートシーンについても、数百人の選手と長大な滑走路が映り込む超ロングショットには、箱根駅伝という華やかなイベントの裏側で行われている真実(リアリズム)を伝える力強さがありました。また、竹青荘でのミーティングや食事のシーンでは、登場人物のキャラクターを立たせ、差別化を図るような巧みなカット割がなされていたところも見逃せません。

映画監督の力量は、映像表現の引き出しをどれだけ保持しているかで評価できる面があると思います。そして、その引き出しの数は、経験によって培われる部分も当然ありますが、その中身については大部分が監督の想像力によって埋められるものであって、本作は、初監督作品であっても、大森監督の率直で純粋な想像力が詰まった秀作であると評価できると思います。

今回、エンドクレジットに助監督として『花のあと』(2010年 東映)の中西健二監督の名前があるのに気がつきました。どうやら本作のあとに『花のあと』の制作に取りかかったようですが、せっかくこれだけ巧みな「絵作り」を真近で目の当たりにしていながら、なんのインスパイアも得られなかったとは、それこそが想像力の差であり、その差はキャリアではなく「才能」で言い換えられるものだと感じました。

総合評価 ★★★★
 物語 ★★★★
 配役 ★★★★★
 演出 ★★★★
 映像 ★★★★★
 音楽 ★★★★


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コメント 2

noel

こんにちは、お正月にWOWOWで放送されて見ましたが、良い映画でしたね。
レビューでも書かれていますが、小出さんも良かったですが、林遣都くんにも目が離せませんでした。
綺麗なフォームで…。
バッテリーの時にはちょっと癖のある天才ピッチャーとして、今回は挫折した天才ランナーとしてあの大きな瞳がいろんな事を語ってくれました。
時間が有る時にお邪魔してレビュー読ませて貰います。
by noel (2011-01-20 15:00) 

ジャニスカ

noelさん、はじめまして。たくさんのnice!ありがとうございました!
林遣都くん主演の映画はほとんど観ているんですけど、
あの運動神経のよさだけでも稀有な素材なのに、彼の感情表現には本当に心揺さぶられますよね。
「RISE UP」という映画ではパラグライダーやってましたよ(^^)。
またお待ちしています。
by ジャニスカ (2011-01-20 22:27) 

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