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初恋 [映画レビュー]

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初恋 スタンダード・エディション
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初恋
( ギャガ・コミュニケーションズ / ASIN:B0011WCRS4 )

 

『 初恋 』
(2006年 ギャガ 114分)
監督:塙幸成 脚本:塙幸成、市川はるみ、鴨川哲郎 出演:宮﨑あおい、小出恵介
          Official / Wikipedia / allcinema           

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(C) 2006 ギャガ・コミュニケーションズ

「事実は小説より奇なり」と言いいますが、小説家や脚本家がどんなに頭をひねっても、実際に起きた出来事が持つドラマ性には太刀打ちできないことがあります。

「三億円強奪事件」はあまりにも有名な史実ですが、戦後最大の未解決事件ということもあって、我々の想像力を刺激し続けてきました。そして、本事件を取材した小説も多数生み出されてきたわけですが、「犯人が女子高生だった」などという着想にたどり着く「作家」が存在するとは信じられません。中原みすずさんは本当に「作家」なんでしょうか・・・

本作のストーリーについては、我々を画面に惹きつけるのに十分な内容ですが、映像化となると決して簡単なものではなかったと思います。私は塙幸成監督を本作を観るまで存じ上げなかったのですが、観終わってみると大好きな監督のひとりになりました。久々に正統派の映画監督が現れたという感覚です。

本作の映像化に当たって、もっとも注力しなければならなかったのは「時代表現」だったと思いますが、冒頭の「都電が走る新宿」などにVFXが使用されていた以外は、基本的にあらゆるアイデアと工夫を駆使して1960年代という時代を切り取っていきます。そして驚くべきことに、本作はほとんどのシーンをロケで撮影しており、そこに垣間見えるロケハンの努力には脱帽です。

本作の主な舞台は東京の新宿ですが、主なロケ地は福岡県の北九州市だったそうです。みすず(宮﨑あおい)が映画館で補導されそうになって逃げ回るシーンも北九州市の八幡西区の一角で撮影されたもので、昔の新宿歌舞伎町の雰囲気を再現することに成功しています。当たり前ですが、ただ雰囲気が似ている場所で撮影すればいいというものではなく、美術による細部の再現も欠かせない要素です。本作においては、昔は街でよく見かけた電信柱の「のり付けチラシ」などを多用することによって、いまだ「戦後」の色を残した雑然とした新宿を表現しています。

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比較的多く登場するのが、ガード下の階段のシーンですが、私は最初のシーンでそれをセットだと思い込んでしまいました。何度も登場するし、象徴的なシーンが多かったので、セットで細部まで作りこんだものだと勝手に解釈していたのですが、それはまったく逆でした。だからこそロケに「こだわった」のです。

なんとなく甲州街道の下の路地を想像させる場所でしたが、おそらくそのあたりを念頭に置いてロケハンしたもので、本作のイメージを的確に表現する場所となっています。岸(小出恵介)とみすずの間に階段の柱を置いたカットが印象的でした。

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時代を最も端的に表現するものとして古い型の自動車が多数登場しますが、その徹底ぶりにも感心しました。何気ないシーンでも背景に映る自動車の数が1台や2台じゃないのです。本作の時代表現の「こだわり」は徹底したものであり、「ごまかし」などという発想は皆無と言っていいでしょう。

また、美術という観点でいうと、岸が書いた「文字」が劇中に2度登場します。決行日の朝に現場に向かうみすずに岸が残したメッセージと、終盤のシーンでみすずが見つけた本に残された岸の独白ですが、その文字が独特の癖がありながらも整ったもので、岸という人物が書く文字としてはとても的確だったような気がしました。

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当時は今よりも格段に文字を書く機会が多い時代だし、おそらく大卒の岸は縦書きの文章をかなり書いてきたはずで、その文字には「書き慣れた感じ」と「インテリ」を感じさせなければなりません。すごく細かいところですが、このことは本作の登場人物のキャラクター設定が綿密に練られたものであることを明らかにしていると思います。

演出面をカット割などの技術的観点で見てみると、長回しや独特の「間」を多用することによって「画」で表現される余韻はとても映画らしいものであり、映画が本来持っていた絵画的な要素を久々に感じることができました。最近では軽視されているようにも思える「切り取った絵」で勝負できる監督が出てきてくれたことは喜ばしいことです。

最も監督のセンスを感じたのは、「ジャズ喫茶B」にたむろしていた若者たちが辿った結末を表現するラストです。モノクロのスチール写真にズームインしていく演出はNHKが『プロジェクトX 挑戦者たち』というドキュメンタリー番組でその時代を表現する手段として確立した演出手法ですが、まさに時代を表現してきた本作のラストとしては相応しいものでした。

そして最後に、岸の結末が「岸 消息不明」という黒バックに白抜きの活字で表現されてしまうことを観客は衝撃的に受け止めます。その点はみすずが感じた「時効がない心の傷」を連想させるものでしたが、新宿を歩くみすずの顔に前向きな気持ちを見出すことができるラストカットにもまた複雑な余韻が残ります。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

本作の「時代表現」は、例えば建設中の東京タワーをVFXで作らなくたって、工夫とこだわりさえあれば十分に時代を表現することは可能であるということを証明してくれています。映画というものには本来、綿密なロケハンによってイメージを「画」として切り取っていく作業は欠かせなかったはずですが、ロケハン以前に安易に先進技術に頼ってしまう風潮は、残念ながらもう止まりそうもありません。その意味では『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年 東宝)の功罪に思い至らないわけにはいきません。

総合評価 ★★★★★
 物語 ★★★★★
 配役 ★★★★★
 演出 ★★★★
 映像 ★★★★★
 音楽 
★★★★


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コメント 4

Pencil Skirt

はじめまして。
佐々部清監督の「ほろよい日記」を読み、アクセスさせていただきました。
あまりにもすばらしい映画評論に、わたくしなどがコメントをしていいものか・・・と悩みましたが、あまりにも嬉しかったので足跡を残させていただきました。
佐々部監督ファンの方々と、映画の話をさせていただく機会があるのですが、この映画の話題はあがったことがなく、ちょっとさみしく思っていました。
自分から話題に出せばいいのですが、何せ表現が下手で、「初恋は、こんな映画で、わたしはどこに魅かれました」ということができず・・・もやもやしていました。
貴方様の文章を読んで、わたしはこの映画に魅かれたのかがわかったような気がし、感動しています。

これからも、ちょくちょく遊びに来させていただきます!
by Pencil Skirt (2010-01-24 23:33) 

ジャニスカ

Pencil Skirt さん、コメントありがとうございます!
佐々部監督がリンクを張ってくださって以来、
たくさんの方にアクセスしていただけるようになってとても喜んでいるところでした。

私も『初恋』が地味な作品の部類に入ってしまっているのは残念に思っています。
実は、この作品については、もっと書きたいことがいっぱいあって、
「映画話」をするにはこんなに盛り上がれる作品はないと思っています。
良作ほど話は尽きないものですから、ぜひサークルで話題にしていただきたい作品です。
私の文章がその一助となれば幸いに思います。

またぜひ遊びに来てください!
by ジャニスカ (2010-01-25 17:33) 

げん

ジャニスカさん、こんばんは。

『初恋』を観て、レビューを読ませていただきました。
いつもながら、「なるほど。」と手を打つような文章表現に脱帽です。
実は、『耳をすませば』『ハッピーフライト』『幸福な食卓』『虹の女神』も
観賞済みですが、ここいらでコメントさせていただこうかと思います。

ガード下の階段のシーンで、岸とみすずの間に階段の柱を置いたカット
は、私も印象的で、惹かれ合う二人の将来を象徴しているように思い
ました。絵的には綺麗なのですが切ないシーンです。

時代表現も確かに素晴らしかったです。北九州市が主なロケ地だったの
ですね。並大抵な苦労ではないでしょう。すごい情熱ですね。そんな事は
微塵も感じず観賞してました。

宮崎あおいさんが持つ透明感ゆえかと思いますが、「大事件」を題材と
しながらも、生々しさが感じられず、何か淡々として不思議な感覚を受け
ました。『初恋』という題名と、映画の内容にもギャップを感じて、終始
不思議な感覚で観ていました。

最後の、みすずが微笑みながら歩くシーンは、今までの流れからすると
違和感がありましたが、「主人公が前向きになってるならいいや~。」と
こっちも前向きになりました(笑)

「良作」との出会いをありがとうございました!
by げん (2011-11-08 23:23) 

ジャニスカ

げんさん、こんばんは~。
これは本当にいい映画ですね。大好きな映画です。
私は、本作を「3億円事件の映画」と捉えてはならないと思っています。
タイトルに象徴されるようにあくまでも「あの時代にあったひとつの恋物語」だと思います。
3億円事件は「ひとつの恋物語」を魅力的に見せるツールのひとつに過ぎません。
演出のスタンスも事件描写については曖昧なところをたくさん残していて、
あくまでも岸とみすずの関係性を軸に見せようとしていますよね。
その意味では『初恋』という普遍的なタイトルにしたのは大正解だったと思います。

北九州市って昭和っぽい古い街並みがたくさん残っていて、
映画やドラマのロケ地としてはお馴染みのようです。
最近では『おっぱいバレー』とか『この胸いっぱいの愛を』なんかが北九州ロケで、
本作を観ている人にはすぐにわかると思いますよ。

ラストシーンでみすずが浮かべた微笑みは、
観客に対して最後に「余韻」を残すための演出だと思います。
あの微笑はいろんな解釈ができると思うんですよ。
げんさんが言われるように岸が残した言葉を胸に前向きに生きていこうとする
みすずの姿を最後に見せようとする意図もあったでしょう。
私はそれに加えて、事件で本来の目的を果たせなかった岸が
その後の日本に「唯一残すことができたもの」を表現しているのではないかと考えています。
みすずに笑顔を残せた、その事実こそが、
世の中から抹殺された岸がこの時代に為した唯一無二の功績であり、生きた証だったのではないでしょうか。

『全開ガール』のレビューで主演のお二人が最高に「旬」の組み合わせだったと書きました。
振り返ってみると、宮﨑あおいちゃんと小出恵介くんが最高に「旬」だったのは
この映画だったのではないかと思うようになっています。
近年のお二人の動向は、私には残念ながら精彩を欠いているように見えてなりません。
そういう意味でもとても価値のある映画と言えると思います。
地味ですけど、後世に語り継いでいきたい映画のひとつですね。

by ジャニスカ (2011-11-09 20:12) 

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